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映画「君の名は。」感想(ネタバレなし)

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■的外れな批判が多い不思議


●映画「君の名は。」とは

新海誠監督の6作目の長編アニメーション映画である。

公開は2016年8月26日。

いまだにロングラン上映中。


●映画「君の名は。」序盤のあらすじ

田舎町に暮らす女子高生・三葉(みつは)は、都会に憧れつつ、毎日を過ごしていた。

ある日、自分が東京で男子高生として生活する不思議な夢を見る。

そこから、彼女の周りでは不思議なことが起き始める…。


●感想

映画「君の名は。」観ようと思っていたが、ようやく観ることができた。

最初に言ってしまうと、非常に良かった。

現在、日本の映画の歴代興行収入ランキング4位に入り、大ヒットしている状況である。

しかし、不思議なのが、なぜか近い業界のプロフェッショナルからは猛烈に批判を受けているのだ。

これがまた的外れな批判が多いのだが、そういった部分も併せて考えてみたい。


まず、僕は、同じ話を映画化する場合、それを実写かアニメか選択できるとして、尚且つどちらで作っても一定以上のクオリティが保証されていると仮定した場合、実写で作った方が良い、と考えていた。

理由は、実写の方が説得力が増すから、である。

例えば、「LOVERS(十面埋伏 / House of Flying Daggers)(2004)」という映画がある。


この映画、ストーリーはめちゃくちゃだし、時制の描写もおかしい。

しかし、実写であるがために、妙に説得力があり、けっこう観れてしまう。

序盤の太鼓を使ったダンスのシーンは圧巻だし、手裏剣(ダガー)を自遊自在にコントロールして投げるのも、実写(CG)ゆえに、訓練すれば本当にこんな軌道で投げられるのでは?と思えてくる。

もし、これをそのままアニメに置き換えた場合、手裏剣がそんな軌道で飛ぶわけがないだろうと思われてしまう可能性が高い。


また、僕は、実写で成立するものをわざわざアニメにする意味もよく分からない。

例えば、アニメ映画の「おもひでぽろぽろ(1991)」


声をあてているのが、声優ではなく、実際に演技ができる柳葉敏郎と今井美樹。

キャラクターデザインも2人に寄せているし、声も本人丸出し。

さらに、舞台は実際にロケができる山形市。

柳葉敏郎と今井美樹で、実写で成立するのに、なぜこれをわざわざアニメにしなければいけないのか。


そういった考えの持ち主なので、「君の名は。」に関しても、実写で成立するのでは?と思っていた。

ところが、そういった話を友人とした時に、「アニメの方がストーリーに入り込める」と言われたのである。

なるほど。

確かにそれはあるかもしれない。


日本の実写映画の場合しか知らないが、その映画に出演した俳優が、バラエティ番組に出演し、一通り番組に参加したうえで、「今度、私が出演した映画が公開されます。是非ご覧ください」のあと、共演の芸人が「宣伝かい!」とツッコミを入れるところまでが決まりごとのようになっている。

これを決して一概に悪いことだとは思わないが、それから実際に映画を観たとして、切ない話なんだけど、あぁ、この俳優さん、この前バラエティ番組で頑張っていたなぁ、などと余計なことを考えてしまう可能性はある。

また、映像のクオリティがハリウッドレベルには到底及ばない日本の実写映画と、そのクオリティが世界水準である日本のアニメとを比較した場合、日本の場合はアニメで作ることに意味があるのかもしれないと思い直したのだ。

とくに、声優の選択さえおかしくなければ、アニメの方がストーリーに入り込めるという側面はある。

それに、「君の名は。」には、実写にしてしまうとけっこう生生しくなってしまうシーン、アニメでないと成立しないシーン、が存在する。

そういった意味でも、「君の名は。」に関しては、アニメであることが正解だという気がしている。


さて、かなり話が脱線してしまったが、「君の名は。」のストーリーである。

このストーリーを思い付いたとして、エンディングは大まかに2つ選択できると思う。

「君の名は。」のストーリーをルートAとして、エンディングの異なるルートBを仮定する。

ネタバレになるので、ルートBのエンディングをはっきり言えないが、何となく分かってもらえると思う。

要は、ルートAの逆パターンである。

僕は、「君の名は。」で、ストーリーが途中から意外な方向に舵を切った際に、てっきりこのあとはルートBになるのだろうと勝手に予想して、泣けてしまった。

ルートBをたどる作品は少なくないし、僕がこのストーリーを思い付いたら、間違いなくルートBを選択する。

あくまで僕の好みの問題であるが。

ところが、「君の名は。」は、予想外にルートAのストーリーであった。

いや、予想外というか、僕が勝手に逆パターンを予想していただけなのだが。

それで、あぁ、このパターンも良いなぁ、と、またそこで泣けてしまったのだ(笑)

しかし、ここで最初からストーリーを反芻してみると、なるほど、「君の名は。」は、設定も伏線も、きっちりルートAに向かって緻密に構成されていたことに気付く。

僕がルートBが好きなために、勝手に予想して泣いていただけのことである(笑)


「君の名は。」は、おそらく、ジャンルを問わず物語が好きな人は、他に似たような話の作品をいくつか挙げられるものと思う。

実際、「君の名は。」を批判しているプロフェッショナルは、それを「売れる要素がてんこ盛り」「当たる要素がてんこ盛り」と言っている。

しかし、これはちょっと見過ごせない的外れな批判だと思う。

なぜかと言うと、「アイデアのつくり方」の、ジェームス W.ヤングの言葉を借りれば「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」からだ。


ちょっと考えて欲しい。

現代において、物語とは過去のものから含めて膨大な数になっている。

「シェイクスピアの36分類(※)」などの俗説もあるように、物語のパターンは出尽くしていると考えることもできる。

つまり、評価されるのは、既存の要素の「新しい組み合わせ」の部分であるべきなのだ。

これをプロフェッショナルが「既存の要素がてんこ盛り」と批判しているのが驚きというか、失笑というか。


しかし、幸いにも、そういった的外れな批判を物ともせず、「君の名は。」は現在、世界規模でヒットしている。

「君の名は。」の、この「新しい組み合わせ」が、世界的に評価されているということだろう。

君の名は感想イラスト

(※)シェイクスピアの36分類:シェイクスピアは物語には36のパターンしかないと分類したという話…と記憶していたが、調べてみるとこれがどうにも怪しいので俗説とした。興味のある方は検索してみて欲しい。








 


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