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映画「ゴーン・ガール」感想(ネタバレなし)

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■真実を必要としない現代


●映画「ゴーン・ガール(GONE GIRL)」とは

ギリアン・フリンによる小説「ゴーン・ガール」をベースに、「セブン」「ファイト・クラブ」のデヴィッド・フィンチャー監督が映画化したものである。

脚本は原作者であるギリアン・フリン自身が担当している。


●映画「ゴーン・ガール(GONE GIRL)」序盤のあらすじ

5回目の結婚記念日の朝、外出したニック(ベン・アフレック)が自宅に戻ると、ガラステーブルが粉々に割れていた。

異変を感じたニックは、妻のエイミー(ロザムンド・パイク)がいないことに気付き、警察に通報する。

エイミー失踪事件は、すぐにマスコミに取り上げられ、ニックは妻を探していることをテレビで訴える。

しかし、浮かび上がってくるのはニックの不可解な行動であった…。


●感想

(注:基本的に以下の感想はネタバレなしの方向で書いています。ただ物語は何でもそうですが、一切予備知識を入れない方が当然楽しいので、その点はご了承ください。)


映画館で本編開始前に流される予告編。長年の経験から、数本の予告編の中で、興味が出るもの、そして、一見で地雷と分かるもの(笑)が存在する。

「報道の通り 妻のエイミーは3日前から− 行方不明です」

ゴーン・ガールのTEASER TRAILERに字幕を付けた予告編(オフィシャルサイト内「特報」)を観た時、

妻が行方不明のフーダニット(※1)もの?

ありがちかな?

と思っていたものの、映画を観終わったあとでも、その映像が気になって頭から離れない。

そして、検索してみると、やはりというか、デヴィッド・フィンチャー監督最新作。

1分半の映像で、引っかかりを残し、検索させた時点で、もう映画としては勝ちだろう。

というわけで、映画館に行くことを心待ちにしていたものの、上映時期が年末年始の多忙な時期と重なってしまい、観ることができす。

先日、ようやく観ることが出来た。

ちなみに、今回は初めてAmazonのインスタントビデオを使用してみた。

僕はKindle Fireを所有していて、クーポンがあったので、それを使った次第である。

ただ、Kindleではなく、21.5インチのモニタで視聴しましたが。


さて、映画本編である。

デヴィッド・フィンチャー監督の前作「ドラゴン・タトゥーの女」が、いかにもフィンチャー節全開のオープニング・タイトルからスタートするのに対し、「ゴーン・ガール」にはそういった派手な仕掛けはない。

音楽は、トレント・レズナーとアッティカス・ロスが「ソーシャル・ネットワーク」「ドラゴン・タトゥーの女」同様に担当している。

僕は「ソーシャル・ネットワーク」のサントラがお気に入りで、かなり聴き込んたために、印象としては「ソーシャル・ネットワーク」に近い感じを受ける。

しかし、前述の通り、この作品は、5回目の結婚記念日の朝、突如失踪した妻のエイミーを探す夫、ニックの物語であり、フーダニットのサスペンスものだ。

ニックは妻のエイミーが失踪してすぐに警察に通報、その捜査に全面的に協力するのだが、彼女の行方はようとして知れない。

そして、途中でニックが意図的に警察に情報を隠し始めるあたりから、事態は一変するのである。


この感想はネタバレしない方向で書いているので、プロットを一言でまとめることは避けるが、小説ベースのトリックを巧みに映像化していると思う。

途中で、なるほどそういうことだったのか!と膝を打つこと請け合い。

また、全編に渡って何気ないシーンまでが素晴らしくコントロールされていて、そこから抽出・構成された予告編が素晴らしいのも納得といえる出来である。


興味深いのは、「ゴーン・ガール」で描かれている現代の歪みとも取れる部分だ。

エイミー失踪事件は、エイミー自身が、子供の頃からの有名人という背景もあって、すぐに全米にテレビ放映されるのだが、他人の不幸がエンターテインメントとして消費される様子は、現在のネットによる炎上と共通する加熱ぶりを見せる。

ニックの双子の妹、マーゴは事件に巻き込まれていながらも、逐一ネットでニックの評判をチェックする。

さらにニックが弁護士に、テレビ会見のレクチャーを受けるに至って、もはやそこには笑えない事実が存在する。

それは、

「現代社会においては、世間に対するプレゼンテーションが自分の命に直結する」

ということだ。

確かにニックのケースは極端なケースかもしれない。

しかし、あなたの周りにも、ツイッターのリツイートやfacebookのいいね!を必死で集めている人がいるだろう?

現代社会においては、その中身がどうあれ、他人にどう見られているかこそが最大の関心事で、それをベースに経済が回っているのだ。

ブルーボトルコーヒーのオープン初日に客が殺到するのは、コーヒーが飲みたいからではない。

SNSにあげて自慢したいからなのだ。

「ゴーン・ガール」においても、犯人が誰なのか、真実は何なのか、その一番重要な部分よりも、事件によって他人にどういった印象を持たれるか、これが一番の関心事であり、そのために全員が動いている。

現代社会においては、他人にどう思われるかこそがすべてであり、もはやそこに真実など要らないのだ。

そういった空恐ろしさこそが、「ゴーン・ガール」の主題なのではと思うのである。


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(※1)フーダニット(Whodunit = Who done it):推理ものの中で、誰が犯行を行ったのかが主軸となる作品。





 


映画「アメリカン・スナイパー」感想

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■現代の価値観そのものを問う骨太の作品


●映画「アメリカン・スナイパー(American Sniper)」とは

アメリカ海軍の特殊部隊ネイビーシールズに入隊し、4度のイラク戦争従軍で、スナイパー(狙撃手)として活動した実在の人物クリス・カイルの著した自伝「アメリカン・スナイパー/ネイビー・シールズ最強の狙撃手(American Sniper)」を 、クリント・イーストウッド監督が映画化したものである。

クリント・イーストウッドについては、もはや説明不要だと思うが、「ダーティハリー」シリーズ他で俳優として不動の地位を築き、さらに監督として活動。

現在までアカデミー作品賞とアカデミー監督賞を2度受賞するなど、監督としての評価も高い。


●映画「アメリカン・スナイパー(American Sniper)」序盤のあらすじ

クリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)は、異国の地の軍事作戦で建物の屋上からスナイパーライフルを構えていた。

海兵隊が進む先には、不審な母親と子供がスコープの中に見えるのだが、クリスに指示を与える上官からはその姿が見えない。

上官の指示を仰げない状況の中、クリスは自分の判断で撃つのか撃たないのかの選択を迫られる。

隣にいる同僚は「間違ったら軍の刑務所行きだぞ」と忠告する。

クリスはスコープの中の子供に照準を合わせる…。


●感想

基本的に以下の感想は結末などの重大なネタバレなしの方向で書いている。しかし、基本的には映画を観たあとに読むことをおすすめする。

また、今回の感想は、映画「アメリカン・スナイパー」が実話に基づく作品ではあるものの、あくまで映画の中から読み取れる情報を元に構成していることを予めお断りしておきたい。


最初に技術的な面から考察すると、「アメリカン・スナイパー」は、映画としての完成度が極めて高いと思う。

主人公クリス・カイルはスナイパー(狙撃手)なので、その作戦行動は主に長距離狙撃である。

そもそもスナイパーとはどんなことをするのか?

おそらく自分も含め何も知らない観客であっても、本作を観るだけで、その行動内容が自然に理解できるようになっている。

なるほど、戦場におけるスナイパーの役割とはこういうものなのか、と。

スナイパーは長距離狙撃が任務なので、基本的には本隊とは少し離れた所で行動する。

そのため、同じ作戦であっても、スナイパーと本隊とで、別の地点での描写を行う必要が生じる。

それに加えて戦場では敵やその他の状況の描写、と複数の視点が入り混じることになる。

こういった難易度の高い描写を行う必要が多いにもかかわらず、作品中で、いま何が起こっているのか分からないという部分はない。

実際、作品鑑賞中はその構成の巧さには気付かないほど。

とにかく的確な描写で、後から思い返して、そういやとんでもない完成度だなと気付かされるのだ。

真の賢者は難解な言葉を平坦な言葉で表現する、である。


クリスの価値観は、父親から受け継いだ「世の中には、狼、羊、番犬が存在する。お前は強い番犬になれ」である。

絶対悪である狼から善良な羊を守る強い番犬になるべく、彼は志願してネイビー・シールズ最強の狙撃手になったのだ。

アメリカで銃規制が取りざたされる度に聞くようなこの価値観だが、これがそのままクリント・イーストウッド監督の価値観ではないと思われるところが本作「アメリカン・スナイパー」のポイントだろう。


そもそも、クリスの価値観は、自分で獲得したものではない。

封建的な父親によって幼い頃に刷り込まれたものであり、彼が後に精神科医にカウンセリングで話す通り、最後までその価値観に対して疑問すら抱いていなかったはずだ。


クリスは何度も戦地に趣き、目覚ましい功績を上げ、仲間内からは「レジェンド(伝説)」と称され慕われるようになる。

そして、作戦以外での妻子との平和な暮らしの中では生きる実感を見い出せなくなっていた。

誰だって平和な暮らしの方が良いだろうと思うのは早計だ。

少なくともクリスにとっては、戦地での作戦行動の方が平和な暮らしよりも充実した日々であったのだろう。

これは、クリスの弟など戦地で別の感想を持つに至ったキャラクターとの対比で描かれている。

クリスは戦場はクソだと吐き捨てる弟の気持ちが分からないのだ。


クリスは番犬の価値観に疑問を抱かなかったが、クリント・イーストウッド監督はそうではない。

それは、敵側にクリス以上の凄腕スナイパーを描写し、鏡写しの構造にしていることからうかがい知ることが出来る。

「世の中には、狼、羊、番犬が存在する。」…この前提条件は果たして正しいのか?

クリント・イーストウッド監督が投げかけるメッセージはそこだろうと思う。

そして、完全に無音という珍しいエンドロールで、それを問うのだ。

あなたは、どう考えるか?と。






 


映画「猿の惑星:新世紀(ライジング)」感想(ネタバレなし)

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新たな創世を経た「猿の惑星の夜明け」

年をまたいでしまいました。猿の惑星・新シリーズ第2作の感想です。

注:基本的に以下の感想はネタバレなしの方向で書いています。ただ物語は何でもそうですが、一切予備知識を入れない方が当然楽しいので、その点はご了承ください。


●映画「猿の惑星:新世紀(ライジング)(Dawn of the Planet of the Apes)」 (2014)とは

「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」の続編である。猿の惑星シリーズの解説は前回の「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」感想を参考にしていただきたい。


●映画「猿の惑星:新世紀(ライジング)序盤のあらすじ

シーザーをリーダーとする類人猿の勃興と同時に、人類が免疫を持たないALZ113ウィルスは世界中に拡散し、10年を経た現在、人類は文明を失い、その数を大幅に減らしていた。

地球は今や「猿の惑星」になったのである。

シーザーをリーダーとする類人猿は、高度な知能を手に入れ、平和な社会を築いていた。

類人猿は、長らく人類の姿を見ていないため、彼らは既に絶滅してしまったと考えていた…。


●感想

「猿の惑星:新世紀(ライジング)」は、前作「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」のエンディングで語られたウィルスの拡散からそのまま続き、人類の沈黙というオープニング・タイトルによって幕を開ける。

序盤から圧倒されるのは、シーザーをリーダーとする類人猿の狩りのシーンの迫力である。

巨大な樹木が立ち並ぶ森の中で縦横無尽に狩りを行う類人猿のVFXは、観るだけで単純にこれはスゴイと唸ってしまう素晴らしさ。


さて、旧シリーズでは1作毎に主人公が代わっていたが、本作は前作に引き続きチンパンジーのシーザーが主人公のようだ。

シーザーには家族が出来ていた。

シーザーの息子が画面に登場した時には思わず、旧シリーズを踏襲して名前は(コーネリアスか?)と思ったのだが、彼の名は「ブルー・アイズ」であった。

(ちなみに「ブルー・アイズ」は1975年に制作されたアニメ版の「Return to the Planet of the Apes」の主人公に与えられたニックネームである)

物語が動くのは、シーザーの王国に、絶滅したと思われた人類が姿を現したことによる。

マルコムをリーダーとする人類のパーティが山奥のシーザーのテリトリーに侵入してきたのは、そこが元は水力発電所のダムだったからであった。

豊かな水源の元に類人猿が定住したのは理に適っているので、この辺の設定は巧いなと思う。

人類のパーティと類人猿が接触することによって、お互いの陣営に議論が巻き起こる。

「猿の惑星」は旧シリーズにおいて、チンパンジー、ゴリラ、オランウータン、と種族(※1)によってある程度性格分けをしていた。

しかし、新シリーズは、前作にも登場した人類を信じないチンパンジーのコバなど、それぞれの種族にも様々な性格や考え方が混在する構成になっている。

そしてキーとなるのが「類人猿は類人猿を殺さない(Ape Not Kill Ape)」というシーザーたち類人猿の掟である。

旧シリーズを観た人はニヤリとなるこの言葉は、単に類人猿の間で殺し合いをしないだけでなく、殺し合いをする人類を疑問視し、類人猿の誇りとも言える掟なのだ。

この言葉がキーとなるのが旧シリーズでは「最後の猿の惑星」(A5)である。

「最後の猿の惑星」(A5)では、この掟を類人猿が最終的には破ってしまうため、

「(類人猿の社会も)人間社会と同じになった」と人類に言わしめた。


さて、「猿の惑星:新世紀(ライジング)」は、類人猿と人類のコミュニケーションがテーマの一つである。

異種間のコミュニケーションであり、この辺りが非常にスリリングに描かれている。

類人猿のシーザーと人類のマルコム、本来分かり合えるキャラクターが、最後に辿る結末は是非自身の目で確かめて頂きたい。


思えば、旧シリーズは、極めてSF的な設定ではあるが、根底にはその当時の社会問題である核平気や環境汚染などへの風刺が盛り込まれていたように思う。

本作「猿の惑星:新世紀(ライジング)」のテーマも、現在の社会問題を反映していて、この辺りはさすがと思える。


「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」をスタートとし、壮大なラストで幕を閉じる「猿の惑星:新世紀(ライジング)」

旧シリーズの時間軸を参考にすると、本作は「最後の猿の惑星」(A5)に近い構成になっている。

そうなると、次作はいよいよ「猿の惑星」(A1)、「PLANET OF THE APES/猿の惑星」(A6)に近いものになるのか?

(「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」の中に、その伏線はある)

それとも旧シリーズとは全く違ったものが提示されるのか?

(新シリーズが、シーザーの物語と捉えると、その可能性も否定できない)

いずれにせよ次回作が非常に楽しみである。

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(※1)邦題では「猿の惑星」となっているが、原題では猿(Monkey)ではなく類人猿(Ape)である。
「猿の惑星」に登場するのは、大型類人猿のチンパンジー、ゴリラ、オランウータン、ボノボ、(さらにヒトを含める説もある)のうち前3種。
もっともボノボは以前はピグミーチンパンジーと呼ばれていて、パッと見ではチンパンジーと区別しにくいので群れの中にはいるのかもしれない。



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映画「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」感想(ネタバレなし)

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あらためて描かれる「猿の惑星の創造」

今年も終盤に差し掛かり、避難先のアパートを出ることになったため、引っ越しなどでブログの更新がストップしてしまった。

本稿も、ずいぶん前に書いたのだが、発表が大幅に遅れてしまった。

というわけで、多少の修正を加えて、映画「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」のレビューです。

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先日、ようやく「猿の惑星:新世紀(ライジング)」を観ることが出来た。非常に面白かった。

また、これに先駆けて、「猿の惑星」の過去作を全て観直した。

それらを踏まえて、映画「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」(原題:Rise of the Planet of the Apes)のレビューから始めたい。


●映画「猿の惑星」シリーズとは

「猿の惑星」を始まりとする一連の作品群である。

現在のところ、以下のような作品が存在する。


  • (A1)「猿の惑星」(Planet of the Apes)(1968)
  • (A2)「続・猿の惑星」(Beneath the Planet of the Apes) (1970)
  • (A3)「新・猿の惑星」(Escape from the Planet of the Apes) (1971)
  • (A4)「猿の惑星・征服」(Conquest of the Planet of the Apes)(1972)
  • (A5)「最後の猿の惑星」(Battle for the Planet of the Apes)(1973)

  • (A6)「PLANET OF THE APES/猿の惑星」(Planet of the Apes) (2001)

  • (A7)「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」(Rise of the Planet of the Apes)(2011)
  • (A8)「猿の惑星:新世紀(ライジング)」(Dawn of the Planet of the Apes)(2014)
  • (A9)「猿の惑星:?(タイトル未定)」(? of the Planet of the Apes)(2016年公開予定)

  • 「猿の惑星」(A1)を起点とした「最後の猿の惑星」(A5)までが直接の続編(以下、旧シリーズと呼称)

    ティム・バートン監督がリメイク(リ・イマジネーション)したのが「PLANET OF THE APES/猿の惑星」(A6)(以下、ティム・バートン版と呼称)

    そして、「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」(A7)を起点とし、「猿の惑星:新世紀(ライジング)」(A8)、次回作「猿の惑星:?(タイトル未定)」(A9)と続いているのが新しいシリーズである(以下、新シリーズと呼称)

    ティム・バートン版と新シリーズは旧シリーズの影響を受けているものの、旧シリーズの直接の続編ではない。また、ティム・バートン版と新シリーズの間にも関連性はない。


    ●映画「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」序盤のあらすじ

    ウィル・ロッドマン博士(ジェームズ・フランコ)は製薬会社に勤務し、アルツハイマー遺伝子治療薬の研究を行なっていた。

    開発中の薬を実験台の雌チンパンジー「ブライト・アイズ」に投与すると、めざましい知能の向上が観察できた。

    この成果を元にウィルは次の段階の臨床試験を会社に申請する。

    ところが、ブライト・アイズは突如暴れだしたうえに射殺されてしまう。

    この事故をきっかけにウィルが進めていた研究は中止。実験台のチンパンジーも全て殺処分されることが決定される。

    しかし、その過程で、ブライト・アイズの子供が発見される。ブライト・アイズが暴れたのは、この子供が生まれたことによる防衛本能だったのだ。

    ウィルはブライト・アイズの子供に「シーザー」と名付け、自宅で育て始める。

    シーザーは親譲りの高い知性を示し、ウィルは研究が中止されてしまったアルツハイマー遺伝子治療薬の効果を確信するのだった…。


    ●感想

    まず、「猿の惑星」(A1)は、主人公の宇宙飛行士が不時着したのが「類人猿が支配し、人間と類人猿の関係が逆転した惑星」であり「その惑星が実は未来の地球であった」という衝撃のラストで話題になった作品である。

    「猿の惑星」の旧シリーズは、演繹法にてストーリーが進む傑作で、まるでリレー小説を読むような面白さがある。しかし、そのために、脚本の繋がりに穴があるのも事実。

    ティム・バートン版は、バットマンシリーズのリメイクを成功せた鬼才、ティム・バートン監督が、あの猿の惑星のリメイクを行うということで、公開前から話題になった作品である。

    しかし結果は惨憺たるもので、その後、そこからの続編が作られることはなかった。

    ティム・バートン版は、「猿の惑星」の旧シリーズのリメイクの難しさを示したと思う。


    今回の「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」(A7)は、「猿の惑星」(A1)、「PLANET OF THE APES/猿の惑星」(A6)とはスタート地点を変え、「なぜ地球が猿の惑星になったのか」というアイデアを元に新シリーズをスタートさせている。

    地球が猿の惑星になるには、過去作から逆算すると「人類が文明を失い、その数を大幅に減らしている」「類人猿が言語を操るほどに進化している」の条件が必要になると考えられる。

    実は「なぜ地球が猿の惑星になったのか」は、旧シリーズ「新・猿の惑星」(A3)以降で語られていた。

    それは、未来の地球から、類人猿のジーラとコーネリアスが1973年の地球にタイムトラベルしてきたことを原因とするタイムパラドックスだった。

    完全にストーリーが完結している「続・猿の惑星」(A2)から、タイムトラベルによって話を繋げる「新・猿の惑星」(A3)のアイデアは素晴らしいが、そもそもがパラドックスなので、腑に落ちない部分は残った。

    「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」(A7)は、現代とあまり変わらないように見える世界が舞台であり、猿の惑星の始まりにタイムパラドックスありきという設定を使わずに新たな始まりを創造しているのだ。

    物語の序盤は、人間のキャラクター、ウィル・ロッドマン(ジェームズ・フランコ)が引っ張ることになる。

    「猿の惑星」(A1)、「PLANET OF THE APES/猿の惑星」(A6)では、主人公が人間のキャラクターであった。

    しかし、本作を観ると、「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」(A7)の主人公はチンパンジーの「シーザー」であると考えられる。

    ちなみに「シーザー」とは、旧シリーズにおいて「猿の惑星・征服」(4)以降の主人公にして類人猿の世界の始祖となる、ジーラとコーネリアスの子供が自ら選んだ名前でもある。


    ビジュアル面では、シーザーを始め、類人猿の造形が素晴らしい。

    類人猿は、1968年の「2001年宇宙の旅」において、着ぐるみによる素晴らしい造形がすでに完成していた。

    また、CGの猿と言えば、1995年の「ジュマンジ」が頭に浮かぶ。こちらはまだ技術的に改良の余地があると思える出来だった。

    しかし、本作の類人猿の表現はこれらのものから隔世の感がある完成度を誇る。

    さすがピーター・ジャクソン監督の「キング・コング」(2005)を手がけたWETAデジタルといったところだろう。


    ストーリーは、前述の通り、タイムパラドックスを使わずに地球が猿の惑星になる過程を背景に、シーザーの物語が語られる。

    巧いと思うのは、「猿の惑星」の過去作からのオマージュが随所に散りばめられている点だ。

    シーザーの母親の名前は「ブライト・アイズ」で、これは「猿の惑星」(A1)にて、主人公のジョージ・テイラー大佐(チャールトン・ヘストン)が、ジーラに付けられたニックネームと同じである。

    また、物語の中盤で、シーザーが霊長類保護施設に送られることになってしまうが、ここでシーザーが受ける仕打ちは、「猿の惑星」(A1)にて、ジョージ・テイラー大佐が類人猿から受ける仕打ちと酷似している。

    ここは「猿の惑星」(A1)と裏返しの形になっていて、頭脳が進化した類人猿シーザーが迷い込んだ奇妙な世界(人間世界)という構造になっている。

    しかし、何より巧いと思えるのは、そういったオマージュは、旧作を観ていると、そのリンクが楽しいという程度で、実際の所は過去作を一切観なくても問題ないという作りになっている点だ。

    おそらくティム・バートン版「PLANET OF THE APES/猿の惑星」(A6)が失敗したのはその点だと思う。

    とくにラストのセードのシークエンスは、旧シリーズを踏襲して描写をかなり(おそらく意図的に)省いているために、旧シリーズ全般を観ていないと分かりにくい。

    それにも関わらず、事前に「これはリメイクではなく、リ・イマジネーションである」と、新しいものを提示する(旧シリーズを観ていなくても問題ない)といった感じにプロモーションしてしまったのが良くなかった。


    「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」(A7)の主人公をシーザーと捉えると、本作は、シーザーの誕生、シーザーの成長、そしてシーザーをリーダーとした類人猿たちの勃興(Rise)の3幕構成であることが分かる。

    (Riseが本作の原題で、日本語タイトルが2作めをライジングとしているのでややこしいが、2作めの原題はDawnで、夜明けや始まりを意味する)

    そして、シーザーが成長過程で、様々な人間に出会うことが、そのままシーザーの行動に直結していく脚本は感動的ですらある。

    これを受けて、「猿の惑星:新世紀(ライジング)」(A8)が制作・公開された。そしてすでにさらなる続編の制作が決定していることが、新シリーズの成功の証であろう。

    映画「猿の惑星:新世紀(ライジング)」感想につづく)



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    映画「GODZILLA ゴジラ」感想(ネタバレなし)

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    正統的怪獣ディザスター、何よりゴジラ映画として完璧

    映画「GODZILLA ゴジラ」(原題:GODZILLA)の字幕版を劇場で観てきました!

    作業などで観るのが先延ばしになっていたので、ようやく観れた感じです。

    お盆をはさみ、遅くなりましたが、レビューです。

    注:基本的に以下の感想はネタバレなしの方向で書いています。ただ物語は何でもそうですが、一切予備知識を入れない方が当然楽しいので、その点はご了承ください。


    ●映画「GODZILLA ゴジラ」とは

    ご存知日本を代表する怪獣のゴジラをアメリカで映画化したものである。

    ハリウッド版ゴジラというと、どうしても避けて通れないのが、ローランド・エメリッヒ監督による「GODZILLA(1998)」であるが、本作「ゴジラ GODZILLA(2014)」はそちらとは関係ない。


    ●序盤のあらすじ

    芹沢猪四郎博士は、「何か」を追っていた。フィリピンの炭鉱下にぽっかりと空いた穴からはその存在を伺わせる痕跡があった。

    一方、富士山の見える日本の都市、ジャンジラにて原発事故が発生。そこに勤務するジョー・ブロディはその事故で最愛の妻を亡くしてしまう。

    その事故から15年後。フォード・ブロディ大尉は、事故以来疎遠になっていた父のジョー・ブロディが日本にて警察に拘束されたとの報せをアメリカで受ける。

    ジョー・ブロディはジャンジラ原発事故の裏にある真相をずっと追い続けていたのだ…。


    ●感想

    以前「オール・ユー・ニード・イズ・キル」の感想にて、鉱脈は日本にもあったのだと書いたばかりだが、今回は「ゴジラ」である。

    ハリウッドによるリメイクだが、今回は「ガッジーラ」ではない。「ゴジラ」(by渡辺謙)だ。

    GODZILLA(1998)が、わりとトンデモな作品であったのを踏まえて、同じ轍を踏むことを避け、日本のファンにも納得できる作品に仕上げている。

    ギャレス・エドワーズ監督は非常に良い仕事をしたと思う。


    ゴジラの第1作目(1954年版)に登場した芹沢大助博士をイメージした芹沢猪四郎博士に渡辺謙をキャスティングしていることで、日本人の目から観て安心感がある。

    渡辺謙や真田広之がハリウッドに進出してくれたおかげで、片言の日本語を喋る俳優が日本人役で登場するガッカリ展開がなくなったのは有難い限りだ。

    その芹沢博士を始め、主要人物が有効に機能している脚本が上手い。

    特に予告編では上手く隠している部分など、そう来たかと思わせる部分がある。

    日本人の目から観ると、日本パートの描写に疑問が残るが、そこに提示されるのは「JANJIRA,JAPAN」という架空の都市である。

    震災を経て実際に原発事故を抱える日本の現状を考えれば、この描写で良いのだと思う。

    怪獣ディザスターにプロパガンダや必要以上に深淵なメッセージを求めても仕方ない。

    だいたい本家ゴジラシリーズにも怪しいストーリーの作品はいくつもある。

    上映時間は123分であり、冗長な部分もなくストーリーが展開するので気持ち良い。


    さて、ゴジラで避けて通れないのが、ゴジラ自体のデザインだ。

    そもそも日本におけるゴジラマニアというのは、各作品毎に微妙に違うゴジラのデザインの違いを愛でるものなのだ。

    たとえば「モスラ対ゴジラ」に登場するゴジラを「モスゴジ」、「キングコング対ゴジラ」に登場するゴジラを「キンゴジ」などと呼称し、そのデザイン毎にファンがいるという奥深い世界なのである。

    ローランド・エメリッヒ監督によるGODZILLA(1998)に登場するGODZILLAは、クリーチャーのデザインとしては悪くないものの、ゴジラのデザインとしてはいささか乱暴であることは否めない。

    それに対して本作に登場するゴジラは、予告編でデブじゃないかという批判もあったものの、文句なしにゴジラのデザインとして素晴らしい出来だ。

    実際に映画を観ると分かるが、デブではなくマッチョなのだ。

    今回のゴジラは身長が108メートルと、これまでのゴジラの中でも群を抜いて巨大である。

    その巨体を支えるデザインのさじ加減でマッチョであるのだろうし、誰が観てもゴジラだなという造形に仕上がっていると思う。

    また、その咆哮も往年のゴジラのそれであり、個人的には文句の付け所がない。

    むしろゴジラのデザインとしては上位に位置する造形だと思う。

    睨みが効いた顔のデザインも含めて非常にカッコイイ。


    僕は、特撮の表現として、生物の中にクリスマスツリーのように規則的に明滅する電飾が入れられているのが、個人的には嫌いである。

    一気に作り物感が増してしまうからだ。

    実際に自然界にはカブトクラゲのように規則的に明滅する生物がいるのは知っている。

    しかし、それも今日の技術力であれば電飾で表現するのがベストとは思わない。

    今回、ある部分で、電飾のような表現が登場したので、おや?と思った。

    なぜ今さら電飾?

    しかし、これに関してはおそらく意図的にやっているのだと思われる。

    なぜなら、別の部分では、素晴らしい表現がなされているし、ハリウッドの技術で、今さら電飾のようなローテクな処理をする必要がないからだ。

    そう考えると、この電飾のような表現は、日本の怪獣特撮の様式美ととらえて、あえて再現しているのだろう。

    このローテクな感じを、あえて再現しているのであれば、もはや完敗と言うしかない。

    日本の怪獣特撮を細部に渡るまで研究し、それをリスペクトした上で昇華しているということだからだ。


    今回の「ゴジラ GODZILLA」は怪獣ディザスター、そして何よりゴジラ映画として完璧と言える仕上がりだと思う。

    日本人としては、日本のお家芸である柔道で、日本人以外の選手がメダルを取ったような複雑な気持ちがあるものの、この素晴らしいゴジラに対して素直に拍手を送りたい。


    映画「GODZILLA ゴジラ」感想

    "まさしくゴジラ"



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    怪物の名は━

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    今日から、映画「GODZILLA ゴジラ」公開。

    予告編(公式サイト)を観て、期待が高まる。

    しかし現在「僕の大震災」制作スパート中なので、観るのはもうちょっと先かな。

    怪物の名は 1

    怪物の名は 2

    #01: "In 1996, we awakened something"

    #02: "We Called him"

    #03: "PIKACHU"

    #04: "PIKACHU's roar"


    ※日本を代表するモンスターだがそっちじゃない







     


    映画「マレフィセント」感想(ネタバレなし)

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    真「眠れる森の美女」

    映画「マレフィセント」(原題:Maleficent)の字幕版を劇場で観てきました!

    けっこうお客さん入ってた。

    というわけで、早速のレビューです。

    注:基本的に以下の感想はネタバレなしの方向で書いています。ただ物語は何でもそうですが、一切予備知識を入れない方が当然楽しいので、その点はご了承ください。


    ●「マレフィセント」とは

    ディズニーのアニメーション映画「眠れる森の美女」で、オーロラ姫に呪いをかけた魔女、マレフィセント。

    そのマレフィセントを主人公に、眠れる森の美女を別の視点から描いたディズニーの実写作品である。

    アニメーション映画「眠れる森の美女」に対するアンサー作品ともいえる。


    ●序盤のあらすじ

    かつて世界には人間の国と妖精の国が隣り合わせで共存していた。

    妖精の国で暮らしていた若き日の妖精マレフィセントは、ステファン少年と出会い恋に落ちる。

    しかし2人は成長するにつれて疎遠になっていった。

    その頃、人間の国のヘンリー王は、妖精の国に侵攻を開始する…。


    ●感想

    「眠れる森の美女」をマレフィセントの視点から描いた本作「マレフィセント」は、オーロラ姫が生まれる遥か昔から物語がスタートする。

    「眠れる森の美女」において、生まれたばかりのオーロラ姫は「16歳の誕生日の日没までに糸車の針で指を刺して死ぬ」という呪いをかけられる。

    しかし、そもそもなぜ呪いをかけられるに至ったのか?

    その辺りをマレフィセントを主人公にすることによって描いている。

    また、マレフィセントが主人公になることによって前述の呪いの内容など、細部に若干の変更が見られる。


    本来悪役であったはずのマレフィセントを主人公に変更することによって、新しい視点の物語を作り出している本作「マレフィセント」

    その物語におけるアイデアは「ひっくり返す」ことである。

    なぜこういった発想が必要なのかといえば、そもそも物語の類型は多くないからだ。

    物語の類型はシェイクスピアによって分類され、そのアイデアは既に出尽くしているという説もある。

    「ひっくり返す」「裏返す」はアイデア発想の基本だ。

    例えば「ローマの休日」と「プリティ・ウーマン」は同じアイデアの裏返し。

    恋に落ちる男女のどちらのステイタスが高いかという部分を裏返している作品である。

    本作はマレフィセントを主人公にすることによって、呪いをかけた側にもそれなりに理由があったのだという物語になり、そこに新しい発想、深み、感動、を生み出している。

    あ!そこ変えてきたか、なるほど!という部分もある。


    本来は優しい妖精であったが、ダークサイドに堕ち、そして…というマレフィセントをアンジェリーナ・ジョリーが魅力的に演じている。

    また、マレフィセントの心の変遷の鍵を握るオーロラ姫をエル・ファニングが演じており、こちらも説得力のある良いキャスティングだなと感心させられた。


    全編がファンタジーなので見落としがちだが、VFXはデジタル・ドメインをはじめ実力のあるプロダクションが担当しておりそのクオリティは文句なしに素晴らしい。

    マレフィセントの魔法によって眠らされ宙に漂うオーロラ姫の描写とか、なるほどなと感心することしきり。

    また、ふんだんに登場するクリーチャーのデザインやクオリティも素晴らしいと思う。


    映画「マレフィセント」は「眠れる森の美女」を再構成した作品であり、その舞台は昔話のファンタジーである。

    しかし、悪役であった「マレフィセント」を主人公に据え、物語の視点をひっくり返してみせることで、現代的なテーマをも感じさせる作品となっている。

    もっとも、そういった部分を前面に押し出している作品ではないので、深読みしなければ単純なエンターテインメント作品としてしか認識できないだろう。

    そういった意味では、「アナと雪の女王」のあと、親子で楽しむ作品といったポジションか。

    (しかし実写なので対象年齢がイマイチ分からないのだが)


    映画「マレフィセント」感想

    "眼力(メヂカラ)がスゴイ"



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    映画「オール・ユー・ニード・イズ・キル」感想(ネタバレなし)

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    時をかける戦士

    映画「オール・ユー・ニード・イズ・キル」(原題:Edge of Tomorrow)の字幕版を劇場で観てきました!

    予告編から楽しみにしていただけあって非常に満足しました。

    というわけで、早速のレビューです。

    注:基本的に以下の感想はネタバレなしの方向で書いています。ただ物語は何でもそうですが、一切予備知識を入れない方が当然楽しいので、その点はご了承ください。


    ●「オール・ユー・ニード・イズ・キル」とは

    日本のライトノベル、桜坂洋「All You Need Is Kill」を原作とした、ダグ・リーマン監督、トム・クルーズ主演のハリウッド映画である。

    All You Need Is Kill (集英社スーパーダッシュ文庫)

    日本の小説がいきなりハリウッドで映画化されるということは異例のこと。

    また「All You Need Is Kill」は小畑健の作画によって漫画化もされている。

    All You Need Is Kill 1 (ジャンプコミックス)

    僕は原作もマンガ版も未読であるので、原作と映画の違いが分からない状態で劇場に向かった。


    ●序盤のあらすじ

    宇宙からの謎の侵略者「ギタイ」の襲撃により壊滅状態に陥った近未来の地球。

    主人公のケイジ(トム・クルーズ)は戦場で死んだ次の瞬間、戦場に赴く前の時間に戻っていた…。

    同じ日を何度も繰り返すうちに、ケイジは戦場の英雄リタ・ヴラタスキ(エミリー・ブラント)と出会う。

    彼女は死ぬ寸前に「目覚めたら私を探して」と言い残すのだった…。


    ●感想

    予告編や序盤のあらすじから分かる通り、本作「オール・ユー・ニード・イズ・キル」は物語の類型的には「ループもの」に分類される。

    「ループもの」とは主人公が同じ時間を何度もを繰り返すストーリーである。

    特異な設定ではあるものの「ループもの」は人気ジャンルであり、その設定の物語は非常に多い(※1)。

    裏を返せば、いろいろなアイデアが出尽くしていて新しい挑戦が難しいジャンルと言える。


    本作「オール・ユー・ニード・イズ・キル」は広報を担当していた実戦経験ゼロの主人公ウィリアム・ケイジ少佐(トム・クルーズ)が、何故かあれよあれよという間に戦場の最前線に送られるところからスタートする。

    正直、ケイジが最前線に送られるのが本作最大の謎だが(笑)、そこは掘っても何も出てこないのでスルーして先に進む。

    ポイントはケイジは兵士としてのスキルはゼロであるということ。

    謎の侵略者「ギタイ」に対抗するべく開発された「起動スーツ」の武器のセーフティロック解除の方法も分からない有り様で戦場に送り込まれるのだ。


    「オール・ユー・ニード・イズ・キル」が巧いのは、タイムループのアイデアの核となる部分が、きちんと設定の中に織り込まれていること。

    この設定が、ケイジとリタの関係に活きてくるのだ。


    起動スーツを着た兵士と「ギタイ」との戦闘シーンも迫力があり、見応えがある。

    「ギタイ」は既に地球を壊滅寸前に追い込んでいるほどの戦闘能力であり、それがビジュアルで納得できる恐ろしい動きになっている。


    タイムループの設定のために、我々観客も何度も同じ場面を目にすることになるが、その繰り返しの描写、緩急の付け方が巧く飽きさせない。

    さらに、そこに仕掛けを入れてくるのに感心させられた。


    僕が「オール・ユー・ニード・イズ・キル」を観始めて思ったのが、「なるほど、これはテレビゲームがアイデアの元になっているのか」ということ。

    特定のテレビゲームではなく「テレビゲームをプレイすること」が発想の原点だろう。

    主人公ケイジは、死というリセットを使い、選択肢を総当りで試すことによって、同じ日を何周もしながら、真のエンディングにたどり着こうとしているのだ。

    これはまさしくテレビゲームをプレイしているプレイヤーの視点だ。

    最初は実戦経験ゼロのへなちょこ兵士だったケイジが、同じ日を繰り返すことによって超人的な攻撃を繰り出すさまは、昔プレイしたアクションゲームやシューティングゲーム、いわゆる「覚えゲー(※2)」を彷彿させる。

    ここまで来るの大変だったろうな、ケイジ。

    僕も昔はゲームやり込んだな(遠い目)


    ここまで来ると、気になるのはやはり物語の着地点をどう設定しているのかということだ。

    そこは是非、自分の目で確かめていただきたい。


    「オール・ユー・ニード・イズ・キル」は、原作が日本人によるもののためか、我々の感性と親和性が高い作品になっていると思う。

    また、そのアイデアをハリウッドの最高水準レベルで映像化されているのが嬉しい限りだ。

    「オール・ユー・ニード・イズ・キル」を観ると、今後、このような形の作品は増えてくるんじゃないかと思える。

    鉱脈は日本にもあったのだ。


    映画「オール・ユー・ニード・イズ・キル」感想

    "テレビゲームは苦行かも そんなことを考えた"

    ----------------------------------------

    (※1)バック・トゥ・ザ・フューチャー、時をかける少女、未来の想い出、火の鳥・異形編、君といた未来のために、などなど。

    (※2)覚えゲー:テレビゲーム攻略にパターンを覚えるという手順は欠かせないが、中でもその傾向が強いもの。



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    映画「X-MEN:フューチャー&パスト」感想(ネタバレなし)

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    「今なお縦横無尽に拡がる世界観」

    映画「X-MEN:フューチャー&パスト」(原題:X-Men:Days of Future Past)の字幕版を劇場で観てきました!

    期待に違わぬ面白さ!

    というわけで、早速のレビューです。

    注:基本的に以下の感想はネタバレなしの方向で書いています。

    ただ、一切予備知識を入れない方が楽しいこともあるので、その点はご了承ください。

    ●X-MENシリーズとは

    もはや説明不要だと思うが、マーベル・コミックの原作をベースに実写化したものである。

    特殊能力を持ったミュータント=X-メンの活躍を描いている。

    現在までのシリーズは、以下のようになっている。本作はシリーズ7作目にあたる。

  • 「X-メン(X-Men)」(2000年)
  • 「X-MEN2(X2)」(2003年)
  • 「X-MEN:ファイナル ディシジョン(X-Men : The Last Stand)」(2006年)
  • 「ウルヴァリン:X-MEN ZERO(X-Men Origins : Wolverine)」(2009年)
  • 「X-MEN:ファースト・ジェネレーション(X-Men : First Class)」(2011年)
  • 「ウルヴァリン:SAMURAI(The Wolverine)」(2013年)
  • 「X-MEN:フューチャー&パスト(X-Men : Days of Future Past)」(2014年)
  • ウルヴァリン2作はスピンオフ的な内容であり、本作「X-MEN:フューチャー&パスト」は「X-MEN:ファースト・ジェネレーション」の直接の続編と言える。

    今回は、何と言っても最初の2作の監督を担当したブライアン・シンガーが久しぶりにメガホンを取るのが注目すべきポイント。

    ●序盤のあらすじ

    荒廃した近未来、X-MENはセンチネルという対ミュータント兵器のロボットと死闘を繰り広げていた。

    戦いは明らかに劣勢で、プロフェッサーXたちは、最後の作戦として、ウルヴァリンの精神を1973年へ送り、過去を改変して、センチネル開発のきっかけを防ごうとする…。

    ●感想

    序盤のあらすじから分かるように、今回のストーリーはタイムトラベルものになっている。

    ストーリーは過去と未来が同時に進行しており、複雑なプロットで面白い。

    キャラクターは、「X-MEN:ファースト・ジェネレーション」にて登場したプロフェッサーXことチャールズ・エグゼビアの若き日の姿(ジェームズ・マカヴォイ)と、これまでのシリーズでおなじみの、現在から未来の姿(パトリック・スチュワート)が登場。

    同様にマグニートーも若き日の姿(マイケル・ファスベンダー)とおなじみの姿(イアン・マッケラン)のダブルキャスト。

    よく映画の続編において「前作を見ていなくても大丈夫」のような宣伝文句があるが、X-MENシリーズにおいては、これは無理。

    最初の「X-メン」は、プロフェッサーX率いるX-MENと、マグニートー率いるブラザーフッドの単純な戦いであった。

    しかし、その後の続編においてキャラクター同士の複雑な相関関係が掘り下げられ、さらには時間軸による設定も加わっているので、現在においては「一見さんお断り」状態と言える。

    本作「X-MEN:フューチャー&パスト」の過去パートの舞台は1973年。

    「X-MEN:ファースト・ジェネレーション」の最終決戦の舞台はキューバ危機の1962年。

    その間に何があったのか?

    また、過去パートにおけるウルヴァリンの爪はアダマンチウムではなく、骨の爪。

    そして、ストライカーも登場しているなど、過去の作品からも縦横無尽に伏線が引っ張られている。

    以前に言及したが「続編とは縮小再生産に至る諸刃の剣」というのがこれまでのセオリーだったと思う。

    しかし、同じくマーベルの「アイアンマン」シリーズを観ていて思ったのだが、最近のトレンドはあえて逆の方法を採用しているようだ。

    それは「積極的に作品同士のクロスオーバーを作り出し、コアなファンを囲い込んで離さない」作戦だ。

    実際、アイアンマンを観ただけでは、ニック・フューリー(サミュエル・L・ジャクソン)が何者なのか分からない。

    同様に、本作「X-MEN:フューチャー&パスト」も、この作品だけでは、本当に面白さを理解したとは言えない作りになっている。

    しかし、これまでの作品を観ている人には、その繋がりが面白い要素になっていることは間違いない。

    実は僕の場合、「X-MEN:フューチャー&パスト」の公開が決定した段階では、「X-MEN:ファイナル ディシジョン」までしか観ていなかった。

    それで、「X-MEN:フューチャー&パスト」を劇場に観に行く前に、未見の3作を観て準備をしたわけである。

    そう、現在は、観ていないシリーズ作をレンタルなどで補完するという行為が非常に簡単になっている。

    加えてネットで検索すれば設定までバッチリ頭に入れることができる。

    もちろん、シリーズを続けて世界観を拡げていくのは、容易なことではない。

    X-MENは、そもそも膨大な原作があるうえに、作品がヒットしているからこそ、ここまで続いているのだろう。

    さて、映像面でも毎回楽しませてくれるX-MENシリーズだが、今回もすごい。

    特筆すべきは、クイック・シルバーのシーン。

    映像としてものすごいし、素晴らしくかっこいい!

    僕は今回は残念ながら3Dで鑑賞しなかったのだが、これが立体映像で動いてるのか!

    他にもかっこいいシーンがふんだんに用意されている。

    また、ストーリーも前述の通り、豊富な過去作を伏線に使い、非常に面白い。

    エンディングも、ここでシリーズを終わらせることも可能なくらいに感動的。

    しかし、そこで終わらないのがX-MEN(笑)

    エンドロール直前におや?と思わせ、さらにエンドロール後に次回作への予告カットを入れてくるなど、もはやX-MENシリーズでは定番となった演出。

    エンドロール中に帰って行く人がチラホラいるんだけど、X-MENでそれはダメだろう!

    というわけで、次回作があることは確実だなという状態で本作は終了。

    次回作に期待しつつ、十分に満足することが出来る作品に仕上がっている。

    僕のように、ちょっとシリーズから離れていたファンも、あらためて面白いなと認識させられることだろう。


    映画「X-MEN:フューチャー&パスト」感想

    "今回の一押しはクイックシルバー"


    実は、現時点ではX-MENの次回作は、ブライアン・シンガー監督のツイートなどにより、「X-MEN:アポカリプス(邦題未定)(X-MEN:Apocalypse)」であることが明らかになっている。

    本作「X-MEN:フューチャー&パスト」のブライアン・シンガー監督が続投し、2016年に公開予定だ。



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    映画「LIFE!」感想(ネタバレなし)

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    ●美しい世界を見よう!

    映画「LIFE!」(原題:The Secret Life of Walter Mitty)の字幕版を劇場で観てきました!

    素晴らしい!

    というわけで、早速のレビューです。

    注:基本的に以下の感想はネタバレなしの方向で書いています。ただ物語は何でもそうですが、一切予備知識を入れない方が当然楽しいので、その点はご了承ください。


    主人公ウォルター(ベン・スティラー)は、41歳の平凡な男である。

    雑誌「LIFE」のネガフィルム管理部門で真面目に働いている。

    ウォルターは、同僚のシェリル(クリステン・ウィグ)に恋しているものの、直接話しかけることは出来ない。

    彼女がマッチングサイト「イーハーモニー」に登録していることを知り、自分も登録してみるが、いまだ彼女にウィンクを送れずにいたのであった。

    ある日、勇気を出して、ウィンクのボタンをクリックしてみるが、エラーのダイアログが出て、彼女にウィンクが送ることが出来ない。

    ウォルターは、イーハーモニーに電話をかけるが、担当者からは、もっと自分自身のプロフィールを充実させるようにアドバイスされる。

    しかし、ウォルターには特筆に値するような経験が何一つないのであった。

    そんなウォルターには、現実の平凡さから逃げるような空想癖があった。

    空想の中では、ウォルターはどんなことでも出来るヒーローになれるのだが、空想へのスイッチが入るのは突然で、その間は、周りの人間が話しかけても無反応になるほど。

    一方、ウォルターの働く会社には事業再編のためにテッド(アダム・スコット)がやって来て、「LIFE」のオンラインへの移行と、雑誌としての廃刊が告げられる。

    有名なカメラマンであり、冒険家のショーン(ショーン・ペン)は、ウォルターに「LIFE」の最終号のための写真のネガを送って来ていたが、指示されていた25番のネガが、どこを探しても見つからないのであった。

    ウォルターには、リストラの危機と、「LIFE」最終号の表紙を落とす危機が同時に迫っていた…。


    「LIFE!」は物語の類型的には「ボーイ・ミーツ・ガール」に分類される。少年が少女に出会い、恋に落ちることで話が進むのだ。(もちろんウォルターもシェリルも、ボーイでもガールでもないが…)

    今まで、空想の中でしか冒険をしたことのなかった男が、仕事のためとはいえ、現実の冒険に出るのは、この恋に背中を押されてのことだ。

    「LIFE!」のスローガン「世界を見よう。危険でも立ち向かおう。それが人生の目的だから」を誇りに思うウォルターが、そのスローガン通りに旅に出る時に、何が起こるのか。

    そして、25番のネガには何が写っているのか。


    映画としてのテクニカルな文脈から「LIFE!」を観ると、やはり印象的なのは、「パニック・ルーム」を彷彿させる冒頭の実写とタイポグラフィーの組み合わせ、それに続き、ひと目でカイル・クーパーのものと分かるオープニング・タイトル。

    カイル・クーパーのオープニング・タイトルが映像世界を席巻したきっかけが「セブン」である。

    そして「ソーシャル・ネットワーク」のサントラを聴き込んだ僕が、何か印象が似てるなと感じた音楽。

    (後で調べたら、実際には作曲者などに共通点はなかったのだけれども)

    極め付きが、ウォルターの空想による「ベンジャミン・バトン」のパロディ・シーン。

    そもそも、ネガとポジの関係ではあるものの、「LIFE!」の本質的なテーマ(豊かな物質社会に生きてはいるが、生きている感覚のロスト)というのは「ファイト・クラブ」のそれである。

    そう、そのどれもが、デヴィッド・フィンチャー監督作品へのオマージュになっているのだ。

    映画の中で、他作品へのオマージュは良く観られるものだし、また師匠と弟子で、映像が似たようなテイストになることも良くあることだ。

    しかし、1つの作品が1人の監督に対してここまで徹底的に寄せてくるというのは珍しいのではないか。

    ベン・スティラー監督の、デヴィッド・フィンチャー監督への並々ならぬリスペクトを感じる次第である。


    そういったレイヤー構造を持っていて、それを読み解くことが出来ると、また本作への面白さが倍増するのだが、「LIFE!」は、そういったことが分からなくても十分に素晴らしい映画になっている。


    ストーリーは素晴らしいし、25番のネガという謎のひっぱりとその答も素晴らしい。

    ベン・スティラーがコメディ畑出身ということもあり、随所に適度な笑いを入れてくるのも楽しい。

    また、ベン・スティラー本人含め、キャスティングも素晴らしい。

    映像は、空想から現実まで、またオープニング・タイトルからエンド・クレジットまで、そのどれもが見事だ。

    そして、それらを盛り上げる音楽も非常にエモーショナルで心打たれるものがある。

    さらには、そこに前述のテクニカルなレイヤー構造までもが加わり、非の打ち所がない仕上がりになっている。

    観終わったあとに、非常に気分が上がるので、最近お疲れ気味のアナタや、最初のデートなんかにもオススメです。


    「LIFE!」感想

    "主人公が僕と同い年"



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