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映画「ジュラシック・ワールド」感想(ネタバレなし)

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■生まれ変わった「ジュラシック・パーク」から垣間見える続編の成功法則


●映画「ジュラシック・ワールド(Jurassic World) 」とは

故マイケル・クライトンの小説「ジュラシック・パーク」「ロスト・ワールド」を基に製作された映画「ジュラシック・パーク(1993)」、「ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク(1997)」、「ジュラシック・パークIII(2001)」に続くシリーズ第4作目である。

ただし、映画「ジュラシック・パーク」シリーズは、「ジュラシック・パークIII」から原作のないオリジナルストーリーが展開している。

本作「ジュラシック・ワールド」も同様に原作のないオリジナルストーリーである。


●映画「ジュラシック・ワールド」序盤のあらすじ

「ジュラシック・パーク」事件から22年後、太古に絶滅した恐竜を現代に蘇らせ、実際に観ることのできるテーマパークは「ジュラシック・ワールド」として生まれ変わり、成功を収めていた。

ザック(ニック・ロビンソン)とグレイ(タイ・シンプキンス)の兄弟は、ジュラシック・ワールド運営責任者である叔母のクレア・ディアリング(ブライス・ダラス・ハワード)を訪ねるが、多忙の叔母はワールドの案内を部下に任せてしまう。

また、施設では、元海軍の軍人であるオーウェン・グラディ(クリス・プラット)が、獰猛なヴェロキラプトルの行動を研究し、訓練することに一定の成果をあげていた。

一方、ジュラシック・ワールド経営陣は、更なるテコ入れとして遺伝子操作した新種の恐竜「インドミナス・レックス」を生み出していた…。


●感想

(注:基本的に以下の感想はネタバレなしの方向で書いています。ただ物語は何でもそうですが、一切予備知識を入れない方が当然楽しいので、その点はご了承ください。)

以前から渇望していた、3Dによる「ジュラシック」シリーズ最新作。

ついに観ることができた。

というわけで、今回は3D吹き替え版を鑑賞。


実は、個人的には「ジュラシック・ワールド」には一抹の不安があった。

それは、今回の作品には遺伝子操作で生み出された新種の恐竜が登場するという事前情報があったから。

旧3作の最後の作品、「ジュラシック・パークIII」が公開されたのが2001年。

スタッフやキャストが刷新されているというのは当然だとしても、この新種の恐竜という情報から、これは、変な続編が生まれるのではないかという心配があった。

しかし実際に映画館で、モササウルスがガバっとジャンプして鮫を食べる予告編を観ると、いても立ってもいられないのが恐竜好きというもの(笑)

その公開を心待ちにしていた次第である。


今回の「ジュラシック・ワールド」は、続編とはいえ、旧3作とはかなり時間が開いた設定になっている。

実際に前作から14年もの月日が流れているわけで、これは当然といえるだろう。


物語の中で、ジュラシック・パークあらためジュラシック・ワールドはすでに成功している施設として運営されている。

導入は、ゲートに近付くにつれ、ジュラシック・パークのテーマ曲が美しく流れ、旧3作のファンは、まさにここに帰ってきたんだなと感慨深く思うはずだ。

序盤は、前作から時間が空いた部分を埋めるための説明があり、なかなか恐竜が出てこないとやきもきした「ジュラシック・パーク」を踏襲した構成になっている。

この辺の「じらし」が、実はそのまま伏線になっている。

勘のいい人は、ここで最後の展開まで予想してニヤリとできるだろう(笑)


物語が動くのは、新種の恐竜「インドミナス・レックス」が、高い知性を示し、その飼育エリアから脱走するところから。


インドミナス・レックスは、ティラノサウルス・レックスの遺伝子をベースに、様々な遺伝子を掛け合わせて誕生させたハイブリッド恐竜という設定。

「ジュラシック・パーク」にあった、DNAの欠損した部分を他の原生生物のDNAで補完したというアイデアをさらに推し進めたものといえる。

正直、そこまで奇抜なデザインではなかったので、ホッとした。


今回の「ジュラシック・ワールド」は、旧3作を1本にまとめたような構成になっている。

そのため、3Dで見たかったシーンの連続になっていて、非常に良く出来ていると思う。


また、「ジュラシック・ワールド」で特筆すべきは、そのキャラクター設定の巧さにある。

そのために、旧作を振り返ってみよう。

旧作の主要人物は、まず、古生物学者のアラン・グラント博士。

恐竜をテーマにした作品の主役が、そのまま恐竜の解説を務められる妥当な配置。

そして、もう1人が、複雑系を専門とする数学者のイアン・マルカム博士であった。

もともと故マイケル・クライトンの原作「ジュラシック・パーク」、「ロスト・ワールド」は、絶滅した太古の恐竜の血液から現代に恐竜を蘇らせるという素晴らしいアイデアの他に、当時はまだ定説のなかった恐竜の大量絶滅を、複雑系=カオス理論で説明するという野心的なアイデアが盛り込まれていた。(※1)

そのため、数学者のイアン・マルカム博士の登場となったわけである。

しかし、逃げ出した恐竜により、施設がパニックなるという作品の構造上、とくに映画では、学者が主要人物だと基本的に逃げることしかできないため、物語を作るうえでは難しい部分があった。


それに対して、「ジュラシック・ワールド」の物語を引っ張るのは、元海軍の軍人であるオーウェン・グラディ。クリス・プラットがタフなヒーローを説得力たっぷりに演じている。

オーウェンの現実的な判断や、銃火器の扱いなど、物語にとって必要なスキルから逆算した合理的なキャラクター設定であるといえる。

僕は3D吹き替え版で観たので、オーウェン役の玉木宏についても触れておくと、クリス・プラットとは声質が違うものの、低く通る男前の声で、非常に良いと思った。


ヒロインは、ジュラシック・ワールド運営責任者のクレア・ディアリング。

物語が進むにつれて、強く魅力的になっていくヒロインは、かつてのハリウッド映画では王道の設定であった。

しかし、昨今のヒロインは、登場時からとんでもなく強いことが主流になっているので、この王道の設定は、逆に新鮮に感じた。


さて、僕の場合、ここから恐竜について語りだすと終わらなくなるので、その辺は省略する(笑)

その辺は実際に「ジュラシック・ワールド」を観て、素晴らしい映像を堪能していただきたい。


映像、キャスティング、脚本、音楽、すべてが高い水準でまとまっている本作だが、僕が「ジュラシック・ワールド」を観て、一番に考えたことは、最近の映画作品、とくにリブートや続編の成功法則について、であった。

その成功法則とは、

「スタッフが旧作を心から愛している」

ということだ。

ハリウッドのリメイクブームは今に始まったことではないが、一昔前のリメイクの理由は「過去に成功したタイトルの名前を出せば企画が通りやすい」ということであった。

しかし、現在成功している作品は、「スタッフが昔、自分が好きだった作品を、作る側に回った今、思い入れたっぷりに再び作ってみたい」という理由からスタートしているように思える。

そのため、そこに、過去作品に対しての最大のリスペクトが見て取れ、同様に過去作品を愛してやまないファンの心をがっちりと掴んでいるという構図がある。

実際、新種の恐竜ってどうなの?と思うような、うるさ型の古参のファンである僕も、なるほどそういう理由でこういう設定になったのかと納得し、拍手を送ってしまうわけだ。

僕は、エンドロールにフィル・ティペットの名前を見つけた時、とにかく驚いた。これも旧作に対するリスペクトの証だろう。(※2)


「ジュラシック・ワールド」は大成功を収め、既に続編の公開が2018年に決定している。

新世代のジュラシック・シリーズに期待大である。


ジュラシック・ワールド感想イラスト


(※1)当時は諸説あった恐竜の大量絶滅であるが、現在は、2010年に発表された説によって、「メキシコ・ユカタン半島に小惑星が衝突したことによる気候変動が原因である」とほぼ結論付けられている。

(※2)フィル・ティペット:「ジュラシック・パーク」で降板/再登板したストップモーション・アニメーターである彼を、CGI全盛の現在、再び恐竜モーションのコンサルタントとして起用している。





 


映画「ターミネーター:新起動/ジェニシス」感想(ネタバレなし)(2/2)

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(承前)こうして、ついにターミネーターもリブートされることになった。

「ターミネーター:新起動/ジェニシス」は最初から3部作を予定しており、本作が、その第1段となる。

(注:基本的に以下の感想はネタバレなしの方向で書いています。ただ物語は何でもそうですが、一切予備知識を入れない方が当然楽しいので、その点はご了承ください。)


まず入り口が秀逸。ターミネーター(T1)とターミネーター2(T2)同様、未来における機械軍と、人類の抵抗軍の戦いから始まる。

ここで、これまではストーリーから逆算して想像するしかなかった、機械軍がターミネーターを過去に送る場面が描かれる。

そして、それを追うように、ジョン・コナーに選ばれたカイル・リースが、ジョン・コナーの母親、サラ・コナーを守るために1984年に送られるのだ。

ここまでは、ターミネーター(T1)とターミネーター2(T2)を最新映像にてアップデートした形になる。

しかし、カイル・リースが1984年に到着したのと同時に、観客も「こりゃ何か違うぞ?」と気付かされる仕掛けになっているのだ。

そこから怒涛の展開が続くのだが、3部作の1作目ということもあり、全編これからの伏線ともとれる内容になっている。

鑑賞中は、常にこれはどういうことだ?と考えながら楽しめる。

何気ない台詞に、重大なヒントが隠されていたり、一瞬たりとも気が抜けない面白さだ。


「ターミネーター:新起動/ジェニシス」で過去のシリーズと大きく違うのは、キャラクターの立ち位置である。

ターミネーター(T1)は、命を狙われるサラ・コナー。それを守るカイル・リース。サラ・コナーを狙うターミネーターという構造。

ターミネーター2(T2)は、命を狙われるジョン・コナー。それを守るターミネーターT-800。ジョン・コナーを狙うターミネーターT-1000という構造であった。

この2作の構造はまったく一緒で、このことからもセルフリメイクであることがうかがえる。

しかし、新シリーズでは、サラ、ジョン、カイル、ガーディアン、などなど、それぞれのキャラが時空を越えて絡みあう構造であり、旧作のように単純な構造にはなっていない。


一方で、ターミネーター同士のバトルや、壮絶なアクションシーンは健在。

また、T-800が炎に包まれ、その中からターミネーターの基本骨格、エンドスケルトンが登場するなど、ファンが観たかったであろう映像はきちんと押さえている。このあたりも巧い。

今回、新機軸として登場するT-3000は、ターミネーター3(T3)に登場するT-Xが、まったくその存在意義が分からない設定であった(※2)のと違い、きっちりターミネーターの最新型として強いのだろうなということが伝わってくる設定になっている。

液体金属のT-1000は強いものの、攻撃を受けたのちに修復する際にタイムラグが生じるが、T-3000は構造が違うためにその時間が短く、さらにはその構造を使って効果的な攻撃を繰り出すことも可能になっている。

この辺の映像も素晴らしい出来。


キャスティングは、ガーディアン/ターミネーターにアーノルド・シュワルツェネッガー。現在67歳のシュワルツェネッガーを活かし、老年期状態のT-800を登場させるというアイデアで乗り切っている。

エンドスケルトンは機械だが、そこに被せてある肉体は生身なので老化するというアイデアは、キャメロン監督のアイデアによる。

また、この新設定により、なぜタイムトラベルしてくるやつはみんな裸なのかという謎が明らかになることに(笑)

一方、本作には若き日のシュワルツェネッガー型、新品(?)のT-800も登場する。

こちらはもはやハリウッドの技術ならフルCGでいけるのではないかと思ったが、身体をブレット・アザーが演じるところにCG製のシュワルツェネッガーの頭部を合成している。

しかし、若き日のシュワルツェネッガーの頭部は、以下の動画で分かるように、モーションこそ本人が演じているものの、基本的にはCGIで作られている。

Terminator Genisys: Creating a Fully Digital Schwarzenegger

さて、もはやターミネーターといえばシュワルツェネッガーという図式のなか、「ターミネーター:新起動/ジェニシス」で素晴らしいのはやはり、サラ・コナーを演じるエミリア・クラークだろう。


あらためて比べてみれば、旧作でサラを演じるリンダ・ハミルトンにそこまで似ているわけでもない。

しかし、彼女が画面に登場した瞬間に、有無を言わさず彼女がサラ・コナーなんだなということが一発で伝わってくる。


「ターミネーター:新起動/ジェニシス」は、旧作をキャラクター構築や設定の構築に使い、さらにその差異をヒントとして使ってくる。

リブートとは、単なる仕切り直しではなく、こうあるべしというお手本のような作品になっているのだ。

「ターミネーター:新起動/ジェニシス」では、予想外にきれいに話が収束するものの、その謎のほとんどが解決していない。

そのため、これからの展開を予想するも良し、単純にアクションを楽しむも良し、デデンデンデデンの音楽で単純に盛り上がるも良し、ターミネーター2で熱狂し、ターミネーター3で落胆したファンが待ち望んでいた作品と言えるだろう。


余談だが、さすがターミネーターというべきか、普段は映画館に足を運ばない層の客が大勢いたようで、みんなエンドロールになった瞬間に席を立ち、帰る帰る。

いや!今、映画、とくに続編前提の作品は、だいたいエンドロール後にワンシーン入れてくるから!

というわけで、本作もエンドロールのあとに重要なシーンが登場します。途中で席を立たないように。

ターミネーター新起動_イラスト

(※2)ターミネーターT-X:エンドスケルトン上をT-1000同様の流体金属で覆い、変身可能だが内部骨格があるために変形は不可能。身体の中に様々な武器を内蔵している。うーん。






 


映画「ターミネーター:新起動/ジェニシス」感想(ネタバレなし)(1/2)

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■もっともリブートが望まれたシリーズ、新起動!


●映画「ターミネーター:新起動/ジェニシス(Terminator Genisys) 」とは

ご存知、ジェームズ・キャメロン監督の出世作、「ターミネーター」「ターミネーター2」をベースに新たにリブートされる作品である。

新たに3部作が予定されており、「ターミネーター:新起動/ジェニシス」はその1作目にあたる。

ターミネーター/ガーディアン役を、オリジナルからお馴染みのアーノルド・シュワルツェネッガーが演じる。

監督は「マイティ・ソー/ダーク・ワールド」のアラン・テイラー。

また、オリジナルのジェームズ・キャメロン監督も本作に協力している。


●映画「ターミネーター:新起動/ジェニシス」序盤のあらすじ

2029年。審判の日から続く機械軍と人類抵抗軍との戦いは、未来を知っているかのように行動するリーダー、ジョン・コナーのもと、ついに人類側の勝利で決着を迎える寸前までやってきた。

敗北を覚悟した機械軍は、秘密兵器を起動する。

それは、過去にターミネーターを刺客として送り込み、ジョン・コナーの母親を殺害するという計画を実行するタイムマシンであった。

人類抵抗軍は、秘密兵器を止めるべく侵入するも、既にタイムマシンによって、ターミネーターT-800が過去に送られていたあとであった。

ジョン・コナーは、過去の母親を守るために、カイル・リースを過去に送ることにする。

タイムマシンに入り、時間の壁を越えようとするカイル・リースは、それまで経験したことのない過去の記憶を思い出すのだった…。


●感想

「アイルビーバック!」

ついに「ターミネーター」のリブートである。

思えば、ターミネーターのリブートは必然であった。

なぜか?

まずは、これまでの「ターミネーター」シリーズを振り返るところから始めてみたい。

これまで、以下の作品が存在する。

  • ターミネーター(The Terminator)(1984)(T1)
  • ターミネーター2(Terminator2: Judgment Day)(1991)(T2)
  • ターミネーター3(Terminator 3: Rise of the Machines)(2003)(T3)
  • ターミネーター4(Terminator Salvation)(2009)(T4)
  • ターミネーター サラ・コナー・クロニクルズ(Terminator: The Sarah Connor Chronicles)(2008-2009)(TSCC)※テレビドラマ作品
  • (ただし、僕は、ターミネーター サラ・コナー・クロニクルズ(TSCC)は観ていない。理由は明快で、シーズン2にて未完のまま打ち切り終了しているからである。)


    ターミネーター(T1)は、ジェームズ・キャメロン監督の出世作である。

    しかし、当時はまだ彼は有名な監督ではなく、ターミネーター(T1)は低予算で作られた。

    ターミネーター(T1)のヒットにより有名になったキャメロン監督は、続く「エイリアン2(Aliens)(1986)」の大成功によってヒットメーカーの地位を得る。

    その後、「アビス(The Abyss)(1989)」を経て作られたのが、ターミネーター2(T2)である。

    ターミネーター2(T2)は、続編であるが、低予算で作らざるを得なかったターミネーター(T1)をきちんと予算をかけて作り直すというセルフリメイクの側面を持つ。

    これは、両作に登場するオープニングの2029年のシーンの違いなどで一目瞭然。

    また、アビスによって得られたCGIによる液体のキャラクターを発展させた新型ターミネーターT-1000など、素晴らしい進歩が感じられる。

    ターミネーター(T1)は、未来において、人類を滅亡寸前までに追いやった人工知能スカイネット率いる機械軍が、人類抵抗軍のリーダー、ジョン・コナーによって敗北の危機にさらされ、タイムトラベルによってジョン・コナーの母親、サラ・コナーを殺害するべく、アンドロイド・ターミネーターを送り込むというプロットである。

    これに対抗して、ジョン・コナーは、カイル・リースを母親を守るために過去に送る。

    実は、過去に向かったカイル・リースと、サラ・コナーが結ばれて、ジョン・コナーが誕生する。いわば「親殺しのパラドックス(※1)」の逆バージョンの構造である。

    続く続編のターミネーター2(T2)では、ターミネーター(T1)において失敗した機械軍が、今度は母親のサラ・コナーではなく、少年のジョン・コナーを直接殺害しようと試みる。

    ターミネーター(T1)とターミネーター2(T2)は、タイムトラベルものの繰り返しで、ターミネーター2(T2)のラストには、スカイネットの誕生が阻止されることにより、人類滅亡のきっかけとなった「審判の日」が回避されたというエンディングが用意されている。

    これにより、ターミネーターは、キレイに完結したはずだった。

    しかし、悲しいかな、さらに続編、ターミネーター3(T3)が作られることになる。

    ターミネーター3(T3)は、これぞ蛇足という作品である。

    人類抵抗軍のリーダーとなるべき男だったジョン・コナーが、審判の日を回避したために、うだつのあがらない日々を送っているという入り口は面白いものの、三度(みたび)送られてくる機械軍の新型ターミネーターT-Xは、ターミネーター2(T2)におけるT-1000のような素晴らしいアイデアとは程遠い残念な出来。

    同じ繰り返しではあっても、その必然性は乏しく、どうすればこの戦いの繰り返しが終わるのか、そもそも審判の日は回避できないのか、いや、ジョン・コナーのためにはむしろ審判の日が来たほうが良いのではないか、と終始もやもやした気分のまま作品は終了する。

    ターミネーター4(T4)は、基本的には前3作の直接の続編ではなく、当初の予定では3部作を予定していたリブート作品であった。しかし、制作会社の倒産などにより、続編が作られることはなかった。


    結局のところ、ターミネーターは、基本的にターミネーター(T1)とターミネーター2(T2)によって完結しているし、そこから続けようとすると、どうしても蛇足にならざるを得ない構造なのである。

    なぜかというと、ターミネーター3(T3)のように、結局タイムトラベルの無限ループになってしまうから。

    基本的に機械軍は、ジョン・コナーの血統しか狙うことができない。

    たとえば、遠い過去に戻り、人類の祖先を殺しに行ってしまうことは、それこそスカイネットを発明する人類を誕生させないことにつながるために、それはできないのだ。

    まぁ、ジョン・コナーの祖先を西部開拓時代に遡って殺害するとかなら…バック・トゥ・ザ・フューチャーかっ!

    というわけで、途中で終了してしまったターミネーター4(T4)は置いといて、最近のリブートブームにもれず、ターミネーターも今度こそリブート作品の仲間入り。これが正解だろう。だって続けようがないがないんだから。(続く)

    ターミネーター新起動_サムネイル

    (※1)親殺しのパラドックス:「タイムトラベルによって、過去に戻ったある人間が、親を殺してしまった場合、どうなるのか」というパラドックスである。もし親を殺してしまえば、その子供が生まれてこないために、そもそも親を殺すことはできないが…。






     


    映画「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」感想(ネタバレなし)

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    ■壮絶なるマッチポンプを素直な心で楽しむべし


    ●映画「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン(Avengers: Age of Ultron) 」とは

    マーベル・スタジオが製作するスーパーヒーロー作品であり、マーベル・シネマティック・ユニバースに属する作品である。

    現在までに以下の作品が存在する。

  • アイアンマン(Iron Man)(2008年)
  • インクレディブル・ハルク(The Incredible Hulk)(2008年)
  • アイアンマン2(Iron Man 2)(2010年)
  • マイティ・ソー(Thor)(2011年)
  • キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー(Captain America: The First Avenger)(2011年)
  • アベンジャーズ(Marvel's The Avengers)(2012年)
  • アイアンマン3(Iron Man 3)(2013年)
  • マイティ・ソー/ダーク・ワールド(Thor: The Dark World)(2013年)
  • キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー(Captain America: The Winter Soldier)(2014年)
  • ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー(Guardians of the Galaxy)(2014年)
  • アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン(Avengers: Age of Ultron)(2015年)
  • それぞれの世界がクロスオーバーし、互いに補完する関係となっている。


    ●映画「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン(Avengers: Age of Ultron) 」序盤のあらすじ

    悪の秘密結社ヒドラの残党が、東欧の都市ソコヴィアにおいて、ロキの杖を使い人体実験を行っていることを知ったアベンジャーズは現場に急行。

    そこで、アベンジャーズの前に現れたのは、人体実験により特殊能力を持った双子ワンダ(スカーレット・ウィッチ)と、ピエトロ(クイックシルバー)であった。

    アベンジャーズはロキの杖を奪還し帰還するも、スカーレット・ウィッチとの闘いにより、精神的にダメージを負う。

    トニー・スターク(アイアンマン)とブルース・バナー博士(ハルク)は、ロキの杖の石の中に、知能らしきものを発見する。

    この知能をデータベースにダウンロードしたことで、ウルトロンが目覚め、スタークが作成した人工知能ジャービスを破壊しアベンジャーズの前に姿を現す。

    ウルトロンは、地球を救うためには人類を絶滅させる必要があるとの結論に至り、行動を開始する…。


    ●感想

    (注:基本的に以下の感想はネタバレなしの方向で書いています。ただ物語は何でもそうですが、一切予備知識を入れない方が当然楽しいので、その点はご了承ください。)

    前述のとおり、とにかく関連作品が多いマーベル作品。

    これらをできるだけ観ることで、さらに本作「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」の理解度は高まるのだが、それもけっこう大変。

    僕も全部は観ていません(笑)

    しかし、基本的には前作「アベンジャーズ」の直接の続編になるので、前作だけは押さえておきたいところ。また、できれば「キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー」も押さえておきたい。

    前作「アベンジャーズ」は「ヒーローの招集」「ヒーローの反目」「ヒーローの結束と勝利」という3幕構成であった。

    本作は、前作を伏線として使える続編の利点を活かし、序盤のソコヴィア戦からアベンジャーズが息のあったチームプレイを見せる。

    最初から激しいバトルシーンが立体映像で展開するので、観客のテンションも上がること間違いなし。


    さて、アベンジャーズの問題点は、やはり「アベンジャーズが強すぎる」ということだろう。

    そもそも一人ひとりが世界を救えるヒーローを集めたスーパーチームがアベンジャーズなのだ。

    そのため、アベンジャーズに対峙する敵を用意するだけでも大変だと思う。

    今回の敵は、サブタイトルに名前が登場する「ウルトロン」

    トニー・スターク(アイアンマン)がロキの杖の解析中に生み出してしまった人工知能である。

    また、同じマーベル作品である「X-MEN」から、「クイックシルバー」と双子の姉である「スカーレット・ウィッチ」が敵として立ちふさがる。

    「クイックシルバー」は、「X-MEN:フューチャー&パスト」で大活躍した、超高速で移動できる能力を持つあのキャラクターである。


    本作の新機軸としては「ハルクバスター」が登場する。



    ハルクバスターとは、アイアンマンにそのまま装着される強化アーマーである。

    名前と見た目通り、神をけちょんけちょんにしてしまう怪物ハルクを抑えるために開発されたものである。

    当然、ハルクバスターとハルクの壮絶などつきあいが展開する(笑)


    さて、テクニカルな面から「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」を考察してみると、やはり脚本が巧い。

    とりたてて奇抜な脚本ではない。むしろ王道というか、普通に感じるストーリーである。

    しかし、豪華ではあるものの、前作とさほど変わらない食材を渡されて、これでまた美味しい料理を頼む、とオーダーされても、これは大変だろう。

    さらに、「あ!続編も考えてるからね」という条件付きなわけだから(笑)

    「アベンジャーズ」を主軸に、さらに周辺作品が山ほど作られ、今後はさらに別の作品とのクロスオーバーまで見込まれるという条件のもとでの脚本作りという視点で観ると、なるほど良く出来てるなぁと感心する次第である。

    また、ともするとマンネリに陥ることが予想される本シリーズにおいては、あえて変えることのないお約束のシークエンスを配置することで、マンネリ感を逆手に取る手法が取られている。

    ヒーローものの戦闘シーンは、毎回同じようなものであっても「待ってました」と受け入れられるわけで、そこはあえて変えないほうが良いということであろう。それが正解だと思う。

    デジャヴが心地よい、もはや伝統芸能である。


    僕が「アベンジャーズ」でもっとも感心するのは、やはりキャラの配置の巧さだろう。

    なんといっても、攻撃力では、上は本物の神さまである「マイティ・ソー」と、神に匹敵する力を持つ怪物「ハルク」から、下は強いけれど単なる人間である「ホークアイ」「ブラック・ウィドウ」まで、実力には相当なバラつきがあるチームであるにも関わらず、一人ひとりのキャラクターにきっちりと見せ場を用意しているのはさすがである。

    あの「ドラゴンボール」だって、終盤にはヤムチャに見せ場を作ることができなかったわけで、この辺は巧いなと感心することしきりである。


    本作のVFXの中心はILM(インダストリアル・ライト&マジック)。

    これまたものすごい映像が展開する。

    個人的には、「X-MEN:ファイナル ディシジョン」のゴールデンゲートブリッジのシークエンスで、VFXもここまできたかと思ったものだが、「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」の終盤には、それを凌ぐとんでもないアイデアと映像が展開する。

    そして今やこれが立体映像なのである。

    「アバター」から数年でこのレベル。もはや立体映像も円熟期に入ったと言っても過言ではないだろう。


    さて、ここまで良い面だけを拾ってきたが、これだけの大風呂敷になると、当然いろいろと突っ込みどころもある(笑)

    あるにはあるのだが、作品の性格上、そこを突っ込んでも仕方がないというか、まぁ「アベンジャーズ」の場合、映画のあとで、そういった突っ込みどころをワイワイ話したりするのも楽しみの1つになると思うので、ここで無粋なことを言うのは避ける。

    また、劇場から出てきた人が、口々に「あのキャラはどこに出てきたの?」という会話をしていたので、周辺作品とのクロスオーバーや、あるいは今後の展開を予想するのが、本作の正しい楽しみ方であろうと思う。


    アベンジャーズ2_イラスト






     


    映画「トゥモローランド」感想(ネタバレなし)

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    ■地球の未来のために、考え、行動することをやめてはいけない(ド直球)


    ●映画「トゥモローランド(Tomorrowland) 」とは

    「Mr.インクレディブル」「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」のブラッド・バード監督による2015年のディズニー映画である。


    ●映画「トゥモローランド(Tomorrowland) 」序盤のあらすじ

    1964年のニューヨーク万国博覧会。フランク・ウォーカー少年は自身の発明である未完成のジェットパックを発明フェアに出品するためにやって来た。

    そこで、彼は不思議な少女、アテナからTの文字がデザインされたピンバッジを贈られる…。

    現代のフロリダ。ケイシー・ニュートンは、自分の荷物に紛れていたTの文字がデザインされたピンバッジを見つける。

    そのピンバッジに触れた瞬間、そこには見たこともない「トゥモローランド」が広がっていた…。


    ●感想

    (注:基本的に以下の感想はネタバレなしの方向で書いています。ただ物語は何でもそうですが、一切予備知識を入れない方が当然楽しいので、その点はご了承ください。)


    まず、最初に言っておきたいのが、この「トゥモローランド」は子供向けの作品である。

    おそらくターゲットは小学校3年生から中学校1年生くらいまで。

    ピクサーのアニメーション作品や、ディズニーの「アナと雪の女王」「マレフィセント」などの作品のように、子供を映画館に連れて行った大人も一緒に観てそれなりに楽しめるといった作品である。

    そういった意味では、「トゥモローランド」は文句の付け所がない。

    狙ったところに的確に良いボールが来ている作品と言える。


    本作の監督はブラッド・バード。元は「アイアン・ジャイアント」「Mr.インクレディブル」などのアニメーション作品の監督であったが、前作「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」から実写作品に転向した。

    そもそも3DCGというのは、コンピューターの中にキャラクター、オブジェクト、ライト、カメラなどを配置して作成するもので、実写とそう変わらない構造になっている。

    そのため、アニメーション作品の優れた監督であったブラッド・バードは、実写でも優れた手腕を発揮している。

    「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」は「M:i:III」で過剰気味だったバイオレンス描写を抑えながら、かつシリーズの爽快感を失わない優れた作品であった。

    「トゥモローランド」は、エンドロールの作り方などは「Mr.インクレディブル」のテイストで、また本作では監督だけでなく製作も行っていることから、ブラッド・バード監督は、こっちの方向の作品を作りたいんだろうなと思う。


    「トゥモローランド」で特筆すべきは、少年期のフランク・ウォーカー(トーマス・ロビンソン)がトゥモローランドに最初に到着した際のシークエンス。

    自分の発明品であるジェットパックを抱えつつ、見知らぬ世界に迷い込み、セキュリティのロボットに追い回されて高所から落下、ロボットが故障しているものと勘違いして修理した結果、完全版となったジェットパックをなかなか装着することができずに高々度から落下を続け、次の瞬間には雲の切れ目から現れた高層建築物の鏡面反射によって、自分の姿を確認して誇らしく思い、さらにトゥモローランドの全景を見渡し、また雲の中に入ると、今度は地面が近づいていてピンチは続く…。

    このような一連の流れをイメージし、それを描写しようと思ったら、昔なら宮崎アニメのような優れたスキルがないと実現しえなかっただろう。

    今は、これをCGとの合成を使って実写ベースで描写してくるのだからものすごい。

    また、主人公ケイシー(ブリット・ロバートソン)が初めてピンバッジを入手するシーンで、モニターに映しだされている映像であったり、彼女の出現によって地球の未来の確率が変動するシーンであったりと、全編に渡り台詞ではなく映像で内容を矢継ぎ早に理解させる演出が巧い。


    キャスティングは、ジョージ・クルーニーを主演と前面に押し出してくるのは、「A.I.」の主演がジュード・ロウと言っているようなもので違和感があるが、彼がいることで作品が締まっていることは確か。

    また、少年期のフランク・ウォーカーと、現在のフランク・ウォーカー(ジョージ・クルーニー)、ケーシーを導く謎の少女アテナ(ラフィー・キャシディ)も可愛いし、キャスティング全般が非常に良いと思う。


    問題点としては、「トゥモローランドの正体」と「なぜ、トゥモローランドが衰退しているのか」の部分が若干分かりにくいこと。

    しかし、前述のとおり内容を説明することに関しては、むしろ巧い部類に入る作品なので、これは意図的なものだと思う。

    実際、小学校3年生くらいになれば、映画を観終わったあとに作品を何度も頭の中で反芻し、結果「あれは、きっとこういうことだったんだ!」というユーレカに至ることがあるわけで、これくらいの難易度と、想像力の余地を残しておくということは、むしろ望ましい仕掛けだと思う。

    「トゥモローランド」を観て、僕にもそういう時期があったな、と思い出した次第である。

    もし、あなたが大の大人で、この作品の内容がまったく分からないというのであれば、それは作品ではなく、あなたの読解力に問題があると言わざるをえない。


    「トゥモローランド」のテーマは「地球の未来のために、考え、行動することをやめてはいけない」とド直球。

    そのためティーン・エイジャーくらいだとむしろ気恥ずかしい内容なのかもしれない。

    やはり本作は、子供連れの親子が観るべき映画だろう。

    いつも子供に言われるがまま映画を選択しているお父さんお母さんは、たまにはこういう映画で子供の意表を突くと、尊敬してもらえるのではないか(笑)

    また、大人の観客ならば、こういった映画を観て「分かっちゃいるけど現実はね…」なんて、人生諦めた愚痴がつい口をついて出るのならばヤバイのではないかと思う(笑)

    そんな貴方には「LIFE!」がオススメ(笑)






     


    映画「ゴーン・ガール」感想(ネタバレなし)

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    ■真実を必要としない現代


    ●映画「ゴーン・ガール(GONE GIRL)」とは

    ギリアン・フリンによる小説「ゴーン・ガール」をベースに、「セブン」「ファイト・クラブ」のデヴィッド・フィンチャー監督が映画化したものである。

    脚本は原作者であるギリアン・フリン自身が担当している。


    ●映画「ゴーン・ガール(GONE GIRL)」序盤のあらすじ

    5回目の結婚記念日の朝、外出したニック(ベン・アフレック)が自宅に戻ると、ガラステーブルが粉々に割れていた。

    異変を感じたニックは、妻のエイミー(ロザムンド・パイク)がいないことに気付き、警察に通報する。

    エイミー失踪事件は、すぐにマスコミに取り上げられ、ニックは妻を探していることをテレビで訴える。

    しかし、浮かび上がってくるのはニックの不可解な行動であった…。


    ●感想

    (注:基本的に以下の感想はネタバレなしの方向で書いています。ただ物語は何でもそうですが、一切予備知識を入れない方が当然楽しいので、その点はご了承ください。)


    映画館で本編開始前に流される予告編。長年の経験から、数本の予告編の中で、興味が出るもの、そして、一見で地雷と分かるもの(笑)が存在する。

    「報道の通り 妻のエイミーは3日前から− 行方不明です」

    ゴーン・ガールのTEASER TRAILERに字幕を付けた予告編(オフィシャルサイト内「特報」)を観た時、

    妻が行方不明のフーダニット(※1)もの?

    ありがちかな?

    と思っていたものの、映画を観終わったあとでも、その映像が気になって頭から離れない。

    そして、検索してみると、やはりというか、デヴィッド・フィンチャー監督最新作。

    1分半の映像で、引っかかりを残し、検索させた時点で、もう映画としては勝ちだろう。

    というわけで、映画館に行くことを心待ちにしていたものの、上映時期が年末年始の多忙な時期と重なってしまい、観ることができす。

    先日、ようやく観ることが出来た。

    ちなみに、今回は初めてAmazonのインスタントビデオを使用してみた。

    僕はKindle Fireを所有していて、クーポンがあったので、それを使った次第である。

    ただ、Kindleではなく、21.5インチのモニタで視聴しましたが。


    さて、映画本編である。

    デヴィッド・フィンチャー監督の前作「ドラゴン・タトゥーの女」が、いかにもフィンチャー節全開のオープニング・タイトルからスタートするのに対し、「ゴーン・ガール」にはそういった派手な仕掛けはない。

    音楽は、トレント・レズナーとアッティカス・ロスが「ソーシャル・ネットワーク」「ドラゴン・タトゥーの女」同様に担当している。

    僕は「ソーシャル・ネットワーク」のサントラがお気に入りで、かなり聴き込んたために、印象としては「ソーシャル・ネットワーク」に近い感じを受ける。

    しかし、前述の通り、この作品は、5回目の結婚記念日の朝、突如失踪した妻のエイミーを探す夫、ニックの物語であり、フーダニットのサスペンスものだ。

    ニックは妻のエイミーが失踪してすぐに警察に通報、その捜査に全面的に協力するのだが、彼女の行方はようとして知れない。

    そして、途中でニックが意図的に警察に情報を隠し始めるあたりから、事態は一変するのである。


    この感想はネタバレしない方向で書いているので、プロットを一言でまとめることは避けるが、小説ベースのトリックを巧みに映像化していると思う。

    途中で、なるほどそういうことだったのか!と膝を打つこと請け合い。

    また、全編に渡って何気ないシーンまでが素晴らしくコントロールされていて、そこから抽出・構成された予告編が素晴らしいのも納得といえる出来である。


    興味深いのは、「ゴーン・ガール」で描かれている現代の歪みとも取れる部分だ。

    エイミー失踪事件は、エイミー自身が、子供の頃からの有名人という背景もあって、すぐに全米にテレビ放映されるのだが、他人の不幸がエンターテインメントとして消費される様子は、現在のネットによる炎上と共通する加熱ぶりを見せる。

    ニックの双子の妹、マーゴは事件に巻き込まれていながらも、逐一ネットでニックの評判をチェックする。

    さらにニックが弁護士に、テレビ会見のレクチャーを受けるに至って、もはやそこには笑えない事実が存在する。

    それは、

    「現代社会においては、世間に対するプレゼンテーションが自分の命に直結する」

    ということだ。

    確かにニックのケースは極端なケースかもしれない。

    しかし、あなたの周りにも、ツイッターのリツイートやfacebookのいいね!を必死で集めている人がいるだろう?

    現代社会においては、その中身がどうあれ、他人にどう見られているかこそが最大の関心事で、それをベースに経済が回っているのだ。

    ブルーボトルコーヒーのオープン初日に客が殺到するのは、コーヒーが飲みたいからではない。

    SNSにあげて自慢したいからなのだ。

    「ゴーン・ガール」においても、犯人が誰なのか、真実は何なのか、その一番重要な部分よりも、事件によって他人にどういった印象を持たれるか、これが一番の関心事であり、そのために全員が動いている。

    現代社会においては、他人にどう思われるかこそがすべてであり、もはやそこに真実など要らないのだ。

    そういった空恐ろしさこそが、「ゴーン・ガール」の主題なのではと思うのである。


    ゴーン・ガール 2枚組ブルーレイ&DVD (初回生産限定) [Blu-ray]

    (※1)フーダニット(Whodunit = Who done it):推理ものの中で、誰が犯行を行ったのかが主軸となる作品。





     


    映画「アメリカン・スナイパー」感想

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    ■現代の価値観そのものを問う骨太の作品


    ●映画「アメリカン・スナイパー(American Sniper)」とは

    アメリカ海軍の特殊部隊ネイビーシールズに入隊し、4度のイラク戦争従軍で、スナイパー(狙撃手)として活動した実在の人物クリス・カイルの著した自伝「アメリカン・スナイパー/ネイビー・シールズ最強の狙撃手(American Sniper)」を 、クリント・イーストウッド監督が映画化したものである。

    クリント・イーストウッドについては、もはや説明不要だと思うが、「ダーティハリー」シリーズ他で俳優として不動の地位を築き、さらに監督として活動。

    現在までアカデミー作品賞とアカデミー監督賞を2度受賞するなど、監督としての評価も高い。


    ●映画「アメリカン・スナイパー(American Sniper)」序盤のあらすじ

    クリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)は、異国の地の軍事作戦で建物の屋上からスナイパーライフルを構えていた。

    海兵隊が進む先には、不審な母親と子供がスコープの中に見えるのだが、クリスに指示を与える上官からはその姿が見えない。

    上官の指示を仰げない状況の中、クリスは自分の判断で撃つのか撃たないのかの選択を迫られる。

    隣にいる同僚は「間違ったら軍の刑務所行きだぞ」と忠告する。

    クリスはスコープの中の子供に照準を合わせる…。


    ●感想

    基本的に以下の感想は結末などの重大なネタバレなしの方向で書いている。しかし、基本的には映画を観たあとに読むことをおすすめする。

    また、今回の感想は、映画「アメリカン・スナイパー」が実話に基づく作品ではあるものの、あくまで映画の中から読み取れる情報を元に構成していることを予めお断りしておきたい。


    最初に技術的な面から考察すると、「アメリカン・スナイパー」は、映画としての完成度が極めて高いと思う。

    主人公クリス・カイルはスナイパー(狙撃手)なので、その作戦行動は主に長距離狙撃である。

    そもそもスナイパーとはどんなことをするのか?

    おそらく自分も含め何も知らない観客であっても、本作を観るだけで、その行動内容が自然に理解できるようになっている。

    なるほど、戦場におけるスナイパーの役割とはこういうものなのか、と。

    スナイパーは長距離狙撃が任務なので、基本的には本隊とは少し離れた所で行動する。

    そのため、同じ作戦であっても、スナイパーと本隊とで、別の地点での描写を行う必要が生じる。

    それに加えて戦場では敵やその他の状況の描写、と複数の視点が入り混じることになる。

    こういった難易度の高い描写を行う必要が多いにもかかわらず、作品中で、いま何が起こっているのか分からないという部分はない。

    実際、作品鑑賞中はその構成の巧さには気付かないほど。

    とにかく的確な描写で、後から思い返して、そういやとんでもない完成度だなと気付かされるのだ。

    真の賢者は難解な言葉を平坦な言葉で表現する、である。


    クリスの価値観は、父親から受け継いだ「世の中には、狼、羊、番犬が存在する。お前は強い番犬になれ」である。

    絶対悪である狼から善良な羊を守る強い番犬になるべく、彼は志願してネイビー・シールズ最強の狙撃手になったのだ。

    アメリカで銃規制が取りざたされる度に聞くようなこの価値観だが、これがそのままクリント・イーストウッド監督の価値観ではないと思われるところが本作「アメリカン・スナイパー」のポイントだろう。


    そもそも、クリスの価値観は、自分で獲得したものではない。

    封建的な父親によって幼い頃に刷り込まれたものであり、彼が後に精神科医にカウンセリングで話す通り、最後までその価値観に対して疑問すら抱いていなかったはずだ。


    クリスは何度も戦地に趣き、目覚ましい功績を上げ、仲間内からは「レジェンド(伝説)」と称され慕われるようになる。

    そして、作戦以外での妻子との平和な暮らしの中では生きる実感を見い出せなくなっていた。

    誰だって平和な暮らしの方が良いだろうと思うのは早計だ。

    少なくともクリスにとっては、戦地での作戦行動の方が平和な暮らしよりも充実した日々であったのだろう。

    これは、クリスの弟など戦地で別の感想を持つに至ったキャラクターとの対比で描かれている。

    クリスは戦場はクソだと吐き捨てる弟の気持ちが分からないのだ。


    クリスは番犬の価値観に疑問を抱かなかったが、クリント・イーストウッド監督はそうではない。

    それは、敵側にクリス以上の凄腕スナイパーを描写し、鏡写しの構造にしていることからうかがい知ることが出来る。

    「世の中には、狼、羊、番犬が存在する。」…この前提条件は果たして正しいのか?

    クリント・イーストウッド監督が投げかけるメッセージはそこだろうと思う。

    そして、完全に無音という珍しいエンドロールで、それを問うのだ。

    あなたは、どう考えるか?と。






     


    映画「猿の惑星:新世紀(ライジング)」感想(ネタバレなし)

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    新たな創世を経た「猿の惑星の夜明け」

    年をまたいでしまいました。猿の惑星・新シリーズ第2作の感想です。

    注:基本的に以下の感想はネタバレなしの方向で書いています。ただ物語は何でもそうですが、一切予備知識を入れない方が当然楽しいので、その点はご了承ください。


    ●映画「猿の惑星:新世紀(ライジング)(Dawn of the Planet of the Apes)」 (2014)とは

    「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」の続編である。猿の惑星シリーズの解説は前回の「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」感想を参考にしていただきたい。


    ●映画「猿の惑星:新世紀(ライジング)序盤のあらすじ

    シーザーをリーダーとする類人猿の勃興と同時に、人類が免疫を持たないALZ113ウィルスは世界中に拡散し、10年を経た現在、人類は文明を失い、その数を大幅に減らしていた。

    地球は今や「猿の惑星」になったのである。

    シーザーをリーダーとする類人猿は、高度な知能を手に入れ、平和な社会を築いていた。

    類人猿は、長らく人類の姿を見ていないため、彼らは既に絶滅してしまったと考えていた…。


    ●感想

    「猿の惑星:新世紀(ライジング)」は、前作「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」のエンディングで語られたウィルスの拡散からそのまま続き、人類の沈黙というオープニング・タイトルによって幕を開ける。

    序盤から圧倒されるのは、シーザーをリーダーとする類人猿の狩りのシーンの迫力である。

    巨大な樹木が立ち並ぶ森の中で縦横無尽に狩りを行う類人猿のVFXは、観るだけで単純にこれはスゴイと唸ってしまう素晴らしさ。


    さて、旧シリーズでは1作毎に主人公が代わっていたが、本作は前作に引き続きチンパンジーのシーザーが主人公のようだ。

    シーザーには家族が出来ていた。

    シーザーの息子が画面に登場した時には思わず、旧シリーズを踏襲して名前は(コーネリアスか?)と思ったのだが、彼の名は「ブルー・アイズ」であった。

    (ちなみに「ブルー・アイズ」は1975年に制作されたアニメ版の「Return to the Planet of the Apes」の主人公に与えられたニックネームである)

    物語が動くのは、シーザーの王国に、絶滅したと思われた人類が姿を現したことによる。

    マルコムをリーダーとする人類のパーティが山奥のシーザーのテリトリーに侵入してきたのは、そこが元は水力発電所のダムだったからであった。

    豊かな水源の元に類人猿が定住したのは理に適っているので、この辺の設定は巧いなと思う。

    人類のパーティと類人猿が接触することによって、お互いの陣営に議論が巻き起こる。

    「猿の惑星」は旧シリーズにおいて、チンパンジー、ゴリラ、オランウータン、と種族(※1)によってある程度性格分けをしていた。

    しかし、新シリーズは、前作にも登場した人類を信じないチンパンジーのコバなど、それぞれの種族にも様々な性格や考え方が混在する構成になっている。

    そしてキーとなるのが「類人猿は類人猿を殺さない(Ape Not Kill Ape)」というシーザーたち類人猿の掟である。

    旧シリーズを観た人はニヤリとなるこの言葉は、単に類人猿の間で殺し合いをしないだけでなく、殺し合いをする人類を疑問視し、類人猿の誇りとも言える掟なのだ。

    この言葉がキーとなるのが旧シリーズでは「最後の猿の惑星」(A5)である。

    「最後の猿の惑星」(A5)では、この掟を類人猿が最終的には破ってしまうため、

    「(類人猿の社会も)人間社会と同じになった」と人類に言わしめた。


    さて、「猿の惑星:新世紀(ライジング)」は、類人猿と人類のコミュニケーションがテーマの一つである。

    異種間のコミュニケーションであり、この辺りが非常にスリリングに描かれている。

    類人猿のシーザーと人類のマルコム、本来分かり合えるキャラクターが、最後に辿る結末は是非自身の目で確かめて頂きたい。


    思えば、旧シリーズは、極めてSF的な設定ではあるが、根底にはその当時の社会問題である核平気や環境汚染などへの風刺が盛り込まれていたように思う。

    本作「猿の惑星:新世紀(ライジング)」のテーマも、現在の社会問題を反映していて、この辺りはさすがと思える。


    「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」をスタートとし、壮大なラストで幕を閉じる「猿の惑星:新世紀(ライジング)」

    旧シリーズの時間軸を参考にすると、本作は「最後の猿の惑星」(A5)に近い構成になっている。

    そうなると、次作はいよいよ「猿の惑星」(A1)、「PLANET OF THE APES/猿の惑星」(A6)に近いものになるのか?

    (「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」の中に、その伏線はある)

    それとも旧シリーズとは全く違ったものが提示されるのか?

    (新シリーズが、シーザーの物語と捉えると、その可能性も否定できない)

    いずれにせよ次回作が非常に楽しみである。

    --------------------------------------------------------------------

    (※1)邦題では「猿の惑星」となっているが、原題では猿(Monkey)ではなく類人猿(Ape)である。
    「猿の惑星」に登場するのは、大型類人猿のチンパンジー、ゴリラ、オランウータン、ボノボ、(さらにヒトを含める説もある)のうち前3種。
    もっともボノボは以前はピグミーチンパンジーと呼ばれていて、パッと見ではチンパンジーと区別しにくいので群れの中にはいるのかもしれない。



    猿の惑星:創世記(ジェネシス)+猿の惑星:新世紀(ライジング) ブルーレイセット(2枚組)(初回生産限定) [Blu-ray]





     


    映画「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」感想(ネタバレなし)

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    あらためて描かれる「猿の惑星の創造」

    今年も終盤に差し掛かり、避難先のアパートを出ることになったため、引っ越しなどでブログの更新がストップしてしまった。

    本稿も、ずいぶん前に書いたのだが、発表が大幅に遅れてしまった。

    というわけで、多少の修正を加えて、映画「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」のレビューです。

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    先日、ようやく「猿の惑星:新世紀(ライジング)」を観ることが出来た。非常に面白かった。

    また、これに先駆けて、「猿の惑星」の過去作を全て観直した。

    それらを踏まえて、映画「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」(原題:Rise of the Planet of the Apes)のレビューから始めたい。


    ●映画「猿の惑星」シリーズとは

    「猿の惑星」を始まりとする一連の作品群である。

    現在のところ、以下のような作品が存在する。


  • (A1)「猿の惑星」(Planet of the Apes)(1968)
  • (A2)「続・猿の惑星」(Beneath the Planet of the Apes) (1970)
  • (A3)「新・猿の惑星」(Escape from the Planet of the Apes) (1971)
  • (A4)「猿の惑星・征服」(Conquest of the Planet of the Apes)(1972)
  • (A5)「最後の猿の惑星」(Battle for the Planet of the Apes)(1973)

  • (A6)「PLANET OF THE APES/猿の惑星」(Planet of the Apes) (2001)

  • (A7)「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」(Rise of the Planet of the Apes)(2011)
  • (A8)「猿の惑星:新世紀(ライジング)」(Dawn of the Planet of the Apes)(2014)
  • (A9)「猿の惑星:?(タイトル未定)」(? of the Planet of the Apes)(2016年公開予定)

  • 「猿の惑星」(A1)を起点とした「最後の猿の惑星」(A5)までが直接の続編(以下、旧シリーズと呼称)

    ティム・バートン監督がリメイク(リ・イマジネーション)したのが「PLANET OF THE APES/猿の惑星」(A6)(以下、ティム・バートン版と呼称)

    そして、「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」(A7)を起点とし、「猿の惑星:新世紀(ライジング)」(A8)、次回作「猿の惑星:?(タイトル未定)」(A9)と続いているのが新しいシリーズである(以下、新シリーズと呼称)

    ティム・バートン版と新シリーズは旧シリーズの影響を受けているものの、旧シリーズの直接の続編ではない。また、ティム・バートン版と新シリーズの間にも関連性はない。


    ●映画「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」序盤のあらすじ

    ウィル・ロッドマン博士(ジェームズ・フランコ)は製薬会社に勤務し、アルツハイマー遺伝子治療薬の研究を行なっていた。

    開発中の薬を実験台の雌チンパンジー「ブライト・アイズ」に投与すると、めざましい知能の向上が観察できた。

    この成果を元にウィルは次の段階の臨床試験を会社に申請する。

    ところが、ブライト・アイズは突如暴れだしたうえに射殺されてしまう。

    この事故をきっかけにウィルが進めていた研究は中止。実験台のチンパンジーも全て殺処分されることが決定される。

    しかし、その過程で、ブライト・アイズの子供が発見される。ブライト・アイズが暴れたのは、この子供が生まれたことによる防衛本能だったのだ。

    ウィルはブライト・アイズの子供に「シーザー」と名付け、自宅で育て始める。

    シーザーは親譲りの高い知性を示し、ウィルは研究が中止されてしまったアルツハイマー遺伝子治療薬の効果を確信するのだった…。


    ●感想

    まず、「猿の惑星」(A1)は、主人公の宇宙飛行士が不時着したのが「類人猿が支配し、人間と類人猿の関係が逆転した惑星」であり「その惑星が実は未来の地球であった」という衝撃のラストで話題になった作品である。

    「猿の惑星」の旧シリーズは、演繹法にてストーリーが進む傑作で、まるでリレー小説を読むような面白さがある。しかし、そのために、脚本の繋がりに穴があるのも事実。

    ティム・バートン版は、バットマンシリーズのリメイクを成功せた鬼才、ティム・バートン監督が、あの猿の惑星のリメイクを行うということで、公開前から話題になった作品である。

    しかし結果は惨憺たるもので、その後、そこからの続編が作られることはなかった。

    ティム・バートン版は、「猿の惑星」の旧シリーズのリメイクの難しさを示したと思う。


    今回の「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」(A7)は、「猿の惑星」(A1)、「PLANET OF THE APES/猿の惑星」(A6)とはスタート地点を変え、「なぜ地球が猿の惑星になったのか」というアイデアを元に新シリーズをスタートさせている。

    地球が猿の惑星になるには、過去作から逆算すると「人類が文明を失い、その数を大幅に減らしている」「類人猿が言語を操るほどに進化している」の条件が必要になると考えられる。

    実は「なぜ地球が猿の惑星になったのか」は、旧シリーズ「新・猿の惑星」(A3)以降で語られていた。

    それは、未来の地球から、類人猿のジーラとコーネリアスが1973年の地球にタイムトラベルしてきたことを原因とするタイムパラドックスだった。

    完全にストーリーが完結している「続・猿の惑星」(A2)から、タイムトラベルによって話を繋げる「新・猿の惑星」(A3)のアイデアは素晴らしいが、そもそもがパラドックスなので、腑に落ちない部分は残った。

    「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」(A7)は、現代とあまり変わらないように見える世界が舞台であり、猿の惑星の始まりにタイムパラドックスありきという設定を使わずに新たな始まりを創造しているのだ。

    物語の序盤は、人間のキャラクター、ウィル・ロッドマン(ジェームズ・フランコ)が引っ張ることになる。

    「猿の惑星」(A1)、「PLANET OF THE APES/猿の惑星」(A6)では、主人公が人間のキャラクターであった。

    しかし、本作を観ると、「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」(A7)の主人公はチンパンジーの「シーザー」であると考えられる。

    ちなみに「シーザー」とは、旧シリーズにおいて「猿の惑星・征服」(4)以降の主人公にして類人猿の世界の始祖となる、ジーラとコーネリアスの子供が自ら選んだ名前でもある。


    ビジュアル面では、シーザーを始め、類人猿の造形が素晴らしい。

    類人猿は、1968年の「2001年宇宙の旅」において、着ぐるみによる素晴らしい造形がすでに完成していた。

    また、CGの猿と言えば、1995年の「ジュマンジ」が頭に浮かぶ。こちらはまだ技術的に改良の余地があると思える出来だった。

    しかし、本作の類人猿の表現はこれらのものから隔世の感がある完成度を誇る。

    さすがピーター・ジャクソン監督の「キング・コング」(2005)を手がけたWETAデジタルといったところだろう。


    ストーリーは、前述の通り、タイムパラドックスを使わずに地球が猿の惑星になる過程を背景に、シーザーの物語が語られる。

    巧いと思うのは、「猿の惑星」の過去作からのオマージュが随所に散りばめられている点だ。

    シーザーの母親の名前は「ブライト・アイズ」で、これは「猿の惑星」(A1)にて、主人公のジョージ・テイラー大佐(チャールトン・ヘストン)が、ジーラに付けられたニックネームと同じである。

    また、物語の中盤で、シーザーが霊長類保護施設に送られることになってしまうが、ここでシーザーが受ける仕打ちは、「猿の惑星」(A1)にて、ジョージ・テイラー大佐が類人猿から受ける仕打ちと酷似している。

    ここは「猿の惑星」(A1)と裏返しの形になっていて、頭脳が進化した類人猿シーザーが迷い込んだ奇妙な世界(人間世界)という構造になっている。

    しかし、何より巧いと思えるのは、そういったオマージュは、旧作を観ていると、そのリンクが楽しいという程度で、実際の所は過去作を一切観なくても問題ないという作りになっている点だ。

    おそらくティム・バートン版「PLANET OF THE APES/猿の惑星」(A6)が失敗したのはその点だと思う。

    とくにラストのセードのシークエンスは、旧シリーズを踏襲して描写をかなり(おそらく意図的に)省いているために、旧シリーズ全般を観ていないと分かりにくい。

    それにも関わらず、事前に「これはリメイクではなく、リ・イマジネーションである」と、新しいものを提示する(旧シリーズを観ていなくても問題ない)といった感じにプロモーションしてしまったのが良くなかった。


    「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」(A7)の主人公をシーザーと捉えると、本作は、シーザーの誕生、シーザーの成長、そしてシーザーをリーダーとした類人猿たちの勃興(Rise)の3幕構成であることが分かる。

    (Riseが本作の原題で、日本語タイトルが2作めをライジングとしているのでややこしいが、2作めの原題はDawnで、夜明けや始まりを意味する)

    そして、シーザーが成長過程で、様々な人間に出会うことが、そのままシーザーの行動に直結していく脚本は感動的ですらある。

    これを受けて、「猿の惑星:新世紀(ライジング)」(A8)が制作・公開された。そしてすでにさらなる続編の制作が決定していることが、新シリーズの成功の証であろう。

    映画「猿の惑星:新世紀(ライジング)」感想につづく)



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    映画「GODZILLA ゴジラ」感想(ネタバレなし)

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    正統的怪獣ディザスター、何よりゴジラ映画として完璧

    映画「GODZILLA ゴジラ」(原題:GODZILLA)の字幕版を劇場で観てきました!

    作業などで観るのが先延ばしになっていたので、ようやく観れた感じです。

    お盆をはさみ、遅くなりましたが、レビューです。

    注:基本的に以下の感想はネタバレなしの方向で書いています。ただ物語は何でもそうですが、一切予備知識を入れない方が当然楽しいので、その点はご了承ください。


    ●映画「GODZILLA ゴジラ」とは

    ご存知日本を代表する怪獣のゴジラをアメリカで映画化したものである。

    ハリウッド版ゴジラというと、どうしても避けて通れないのが、ローランド・エメリッヒ監督による「GODZILLA(1998)」であるが、本作「ゴジラ GODZILLA(2014)」はそちらとは関係ない。


    ●序盤のあらすじ

    芹沢猪四郎博士は、「何か」を追っていた。フィリピンの炭鉱下にぽっかりと空いた穴からはその存在を伺わせる痕跡があった。

    一方、富士山の見える日本の都市、ジャンジラにて原発事故が発生。そこに勤務するジョー・ブロディはその事故で最愛の妻を亡くしてしまう。

    その事故から15年後。フォード・ブロディ大尉は、事故以来疎遠になっていた父のジョー・ブロディが日本にて警察に拘束されたとの報せをアメリカで受ける。

    ジョー・ブロディはジャンジラ原発事故の裏にある真相をずっと追い続けていたのだ…。


    ●感想

    以前「オール・ユー・ニード・イズ・キル」の感想にて、鉱脈は日本にもあったのだと書いたばかりだが、今回は「ゴジラ」である。

    ハリウッドによるリメイクだが、今回は「ガッジーラ」ではない。「ゴジラ」(by渡辺謙)だ。

    GODZILLA(1998)が、わりとトンデモな作品であったのを踏まえて、同じ轍を踏むことを避け、日本のファンにも納得できる作品に仕上げている。

    ギャレス・エドワーズ監督は非常に良い仕事をしたと思う。


    ゴジラの第1作目(1954年版)に登場した芹沢大助博士をイメージした芹沢猪四郎博士に渡辺謙をキャスティングしていることで、日本人の目から観て安心感がある。

    渡辺謙や真田広之がハリウッドに進出してくれたおかげで、片言の日本語を喋る俳優が日本人役で登場するガッカリ展開がなくなったのは有難い限りだ。

    その芹沢博士を始め、主要人物が有効に機能している脚本が上手い。

    特に予告編では上手く隠している部分など、そう来たかと思わせる部分がある。

    日本人の目から観ると、日本パートの描写に疑問が残るが、そこに提示されるのは「JANJIRA,JAPAN」という架空の都市である。

    震災を経て実際に原発事故を抱える日本の現状を考えれば、この描写で良いのだと思う。

    怪獣ディザスターにプロパガンダや必要以上に深淵なメッセージを求めても仕方ない。

    だいたい本家ゴジラシリーズにも怪しいストーリーの作品はいくつもある。

    上映時間は123分であり、冗長な部分もなくストーリーが展開するので気持ち良い。


    さて、ゴジラで避けて通れないのが、ゴジラ自体のデザインだ。

    そもそも日本におけるゴジラマニアというのは、各作品毎に微妙に違うゴジラのデザインの違いを愛でるものなのだ。

    たとえば「モスラ対ゴジラ」に登場するゴジラを「モスゴジ」、「キングコング対ゴジラ」に登場するゴジラを「キンゴジ」などと呼称し、そのデザイン毎にファンがいるという奥深い世界なのである。

    ローランド・エメリッヒ監督によるGODZILLA(1998)に登場するGODZILLAは、クリーチャーのデザインとしては悪くないものの、ゴジラのデザインとしてはいささか乱暴であることは否めない。

    それに対して本作に登場するゴジラは、予告編でデブじゃないかという批判もあったものの、文句なしにゴジラのデザインとして素晴らしい出来だ。

    実際に映画を観ると分かるが、デブではなくマッチョなのだ。

    今回のゴジラは身長が108メートルと、これまでのゴジラの中でも群を抜いて巨大である。

    その巨体を支えるデザインのさじ加減でマッチョであるのだろうし、誰が観てもゴジラだなという造形に仕上がっていると思う。

    また、その咆哮も往年のゴジラのそれであり、個人的には文句の付け所がない。

    むしろゴジラのデザインとしては上位に位置する造形だと思う。

    睨みが効いた顔のデザインも含めて非常にカッコイイ。


    僕は、特撮の表現として、生物の中にクリスマスツリーのように規則的に明滅する電飾が入れられているのが、個人的には嫌いである。

    一気に作り物感が増してしまうからだ。

    実際に自然界にはカブトクラゲのように規則的に明滅する生物がいるのは知っている。

    しかし、それも今日の技術力であれば電飾で表現するのがベストとは思わない。

    今回、ある部分で、電飾のような表現が登場したので、おや?と思った。

    なぜ今さら電飾?

    しかし、これに関してはおそらく意図的にやっているのだと思われる。

    なぜなら、別の部分では、素晴らしい表現がなされているし、ハリウッドの技術で、今さら電飾のようなローテクな処理をする必要がないからだ。

    そう考えると、この電飾のような表現は、日本の怪獣特撮の様式美ととらえて、あえて再現しているのだろう。

    このローテクな感じを、あえて再現しているのであれば、もはや完敗と言うしかない。

    日本の怪獣特撮を細部に渡るまで研究し、それをリスペクトした上で昇華しているということだからだ。


    今回の「ゴジラ GODZILLA」は怪獣ディザスター、そして何よりゴジラ映画として完璧と言える仕上がりだと思う。

    日本人としては、日本のお家芸である柔道で、日本人以外の選手がメダルを取ったような複雑な気持ちがあるものの、この素晴らしいゴジラに対して素直に拍手を送りたい。


    映画「GODZILLA ゴジラ」感想

    "まさしくゴジラ"



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