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スター・ウォーズEP8を大胆予想(フォースの覚醒ネタバレあり?)

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映画「スター・ウォーズ/フォースの覚醒(EP7)」からEP8を予想…

スター・ウォーズEP8を大胆予想

#01: "修行を始めよう"

"はい"

#02: "まず私をおんぶして走るのだ"

#03: "いやです"

#04: "ジェダイの修行だから"

"そんな修行はありません!"



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映画「ザ・ウォーク」感想(ネタバレなし)

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■観客の誰もが地上411メートルのワイヤーの上に立つ


●映画「ザ・ウォーク(The Walk) 」とは

1974年にワールドトレードセンターのツインタワー間で綱渡りをしたフランス人、フィリップ・プティの挑戦を描いた作品である。

同じ題材として、2008年のドキュメンタリー映画「マン・オン・ワイヤー」があるが、「ザ・ウォーク」はそれらを下敷きにしたドラマ映画である。


●映画「ザ・ウォーク」序盤のあらすじ

1974年のニューヨーク。前年に完成したワールドトレードセンターのツインタワーの間にワイヤーをかけ、そこを綱渡りすることを夢見る青年がいた。

彼の名前はフィリップ・プティ(ジョゼフ・ゴードン=レヴィット)

物語は彼の少年時代に遡る…。


●感想

(注:基本的に以下の感想はネタバレなしの方向で書いています。ただ物語は何でもそうですが、一切予備知識を入れない方が当然楽しいので、その点はご了承ください。)


世の中には、思い付いた時点で勝ちという企画が存在する。

「かつて、ワールドトレードセンターのツインタワー間にワイヤーを張り、そこを綱渡りした実在の男の話を、立体映像で映画化する」

もちろん実際のところは分からないが、この企画ならば文句なしで一発で通ったのではないか。

それほど、このアイデアは素晴らしいと思える。

空中に張られたワイヤーロープが、3Dで目の前に存在するのを観て、これほど立体映像に適した題材というのも中々ないだろうと感心しきり。

そして、この企画が3D映画であることの利点は、この世で主人公フィリップ・プティしか体験しえなかったことを、自らの疑似体験とできることにある。


この映画「ザ・ウォーク」を監督したのが、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」「フォレスト・ガンプ」のロバート・ゼメキス監督。

もともとVFXに強い監督であったが、近年は「ポーラー・エクスプレス 」のように、3DCGアニメーションの作品も製作・監督していた。

おそらくではあるが、そういった経験が、この「ザ・ウォーク」にフィードバックされているように思う。

「トゥモローランド」のブラッド・バード監督がそうであったように、3DCGをベースに考えると、そこに既存のカメラワークの方法論以上のものが生まれる。

なぜかと言えば、3DCGでは、コンピューター内に構築した立体空間の中を、質量のないカメラが縦横無尽に動くことが可能だからである。

これは、物理的なカメラをベースにカメラワークを考え「CGを使わないことにこだわった」とか言う監督には到底追いつけない世界だ。

「ザ・ウォーク」では、今はないワールドトレードセンターの地上411メートルの高所からの映像を表現するだけではない。

状況を説明するために、視点が縦横無尽に移動するのみならず、カメラワークによって、人間が高所で感じる目眩のようなものまで表現している。

この辺りは、ぜひ実際に映画館で体験していただきたいところ。

そして、最終的には、観客の誰もが主人公フィリップ・プティと同じ視点で、地上411メートルのワイヤーの上に立つことになるのだ。


当然、物語のクライマックスは、前述の綱渡りのシーンであるが、もちろんそこに至るまでの経緯も描かれる。

フィリップ・プティは、このチャレンジを、アート、そして、クーデターと呼ぶ。

それもそのはず、ワールドトレードセンターでの綱渡りは、ゲリラ的に展開されるもので、もちろん違法。

そのため、彼が共犯者と呼ぶ仲間の存在が不可欠になるのだ。

そういった人間ドラマについても、考えさせられるものがある。


さて、僕は、人が物語を楽しむのは、つまるところ、

「一度切りしかない自分の人生において、物語は自分以外の人生を経験できる唯一の機会であるから」

と考える。

個々人のバックボーンや考え方において、物語の中の人物に共感できることも、またその逆の場合も存在するだろうと思う。

僕の場合、「ザ・ウォーク」の主人公、フィリップ・プティに対して、まったく感情移入できるところはない。

そもそも、何でそんなことをしなければならないのだ、とさえ思うのだ。

しかしである。

動機は分からなくても、その偉業に対しては、素直にすごいな、と思う。

そう、たとえ、その動機は分からなくても構わない。

世界には、自分の想像できない価値観が存在する。

それを知るというのも、また重要なことである。


アバター」を皮切りに、3D映画が普及して、かなりの時間が経過した。

3D版が公開されている場合、もちろんそちらの方が楽しめるのは間違いないのだが、

「この映画は3D版を観ることが必須である」

と、思える作品は、僕の場合、今のところ「ゼロ・グラビティ」と本作「ザ・ウォーク」に限られる。

この2本は、3D映像によって、映画をただ観るだけでなく、「その内容を体験する」という領域にまで踏み込んでいると思える素晴らしい作品だと思う。


さて、あなたは、地上411メートルのワイヤーの上で何を思うのか。


ザ・ウォーク感想イラスト

"映画館でチケットを購入した際におしぼりをもらった"

"遊び心があって面白い"

"確かに手に大量の汗をかくことになる"






 


映画「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」感想(ネタバレなし)

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■緻密に計算された恐ろしいほどの完成度。


●映画「スター・ウォーズ/フォースの覚醒(STAR WARS:THE FORCE AWAKENS)」とは

「スター・ウォーズ」については、もはや説明不要ではあるが、ジョージ・ルーカス監督によるスペースオペラ作品群である。

これまで以下の作品が存在する(スピンオフ作品を除く)

  • 「スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望」(1977年/特別篇1997年)
  • 「スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲」(1980年/特別篇1997年)
  • 「スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還」(1983年/特別篇1997年)

  • 「スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス」(1999年)
  • 「スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃」(2002年)
  • 「スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐」(2005年)
  • 映画の公開順と、「スター・ウォーズ」内の時系列の順番は逆になっていて、まず最初にEP4〜EP6(ルーク3部作)が公開され、のちにEP1〜EP3(アナキン3部作)が公開された。

    当初、「スター・ウォーズ」は全9部作から成ると発表されていたが、アナキン3部作の公開後、ジョージ・ルーカスにより全6部作であると訂正され、完結していた。

    しかし、2012年にウォルト・ディズニー・カンパニーがルーカスフィルムを買収されたのち「エピソード7」の製作が発表された。

    「エピソード7」から「エピソード9」までの3部作が予定されており、「エピソード7」である「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」は新3部作の序章にあたる。

    また、新シリーズはジョージ・ルーカスは監督せず、「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」はJ・J・エイブラムスが監督することになった。


    ●映画「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」序盤のあらすじ

    「スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還」から約30年後。最後のジェダイであったルーク・スカイウォーカーが姿を消した。

    ルークが姿を消して以降、銀河帝国の残党が「ファースト・オーダー」という組織を結成し、再び銀河に恐怖をもたらしていた。

    ルークの双子の妹、レイア姫は、今や「ファースト・オーダー」に立ち向かう組織「レジスタンス」の将軍になり、必死にルークの居場所を探していた。

    「ルーク・スカイウォーカーの地図」を手に入れた「レジスタンス」のパイロット、ポー・ダメロンは砂漠の惑星「ジャクー」で「ファースト・オーダー」に急襲され、その地図をアストロメク・ドロイド「BB-8」に託す。

    BB-8はそこで、レイという少女に出会うのであった…。


    ●感想

    (注:基本的に以下の感想はネタバレなしの方向で書いています。ただ物語は何でもそうですが、一切予備知識を入れない方が当然楽しいので、その点はご了承ください。)

    「スター・ウォーズ」は前述の通り、ジョージ・ルーカスによる世界的に超有名なタイトルである。

    僕は「エピソード1」公開時にアメリカに留学していたのだが、その加熱ぶりは映画というより、もはや祭り。

    今回の「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」も、公開前の予告編からハリソン・フォード演じるハン・ソロとチューバッカが登場し、熱狂を持って迎え入れられていたのは記憶に新しい。

    J・J・エイブラムスが監督する新しい「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」はどのような映画になるのか…。


    まず、映画が始まって最初のシークエンスで、

    「あ!J・Jは旧3部作(ルーク3部作)に寄せてきたか!」

    と、真っ先に思った。

    「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」は基本的な映像のテイストはルーク3部作に寄せ、それをCGで補完するという方法によって作られている。

    なぜか?

    その答えは「スター・ウォーズ」過去の6作と、それを取り巻く状況にある。

    「スター・ウォーズ」シリーズを振り返ると、シリーズの時間軸とは異なり、エピソード4から映画化されている。

    エピソード4の時期の映画製作は、まだ特撮分野の黎明期と呼べる時代で、当然のことながらCGなど存在していなかった。

    そのため、ジョージ・ルーカス監督のイメージを完璧に再現するには至らなかった。

    そこから20年以上が経過し、CGが普及することによって、エピソード1が製作されるに至ったわけである。

    しかし、熱狂的なファンを生み出した「スター・ウォーズ」シリーズは、ルーク3部作がもはや神格化されるほどの人気を獲得していたために、

    「CGを使ったこんなキレイな映像はスター・ウォーズではない!」

    という的外れな批判がファンから起きてしまう。

    ジョージ・ルーカスがオリジナルから20年後に当時の技術で妥協せざるを得なかった部分を修正した「特別篇」を製作し、なおかつ技術が円熟した段階で作り上げた「エピソード1」の映像が、すごすぎて「こんなのスター・ウォーズじゃない!」と批判される。

    ショボイものを出してきて批判されるなら話は分かるが、スゴイものを出してきて批判されるとは、はっきり言ってルーカス監督に同情せざるを得ない。

    そもそも、エピソード1は、そのほとんどのシーンがグリーンバックによって撮影され、俳優とCGキャラクターが共存するという技術的にはエポックメイキングと呼べる映画だったのに、である。

    「スター・ウォーズ」の生みの親であるジョージ・ルーカスですらこの有様。

    新作を任されたJ・J・エイブラムス監督にとっては相当に厳しい状況だったはずだ。

    そこで、「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」で出された答えが、前述のようにルーク3部作に寄せることだったわけである。

    当然これは意図的に行っているものだ。

    なぜかというと、J・J・エイブラムスは本作より前に、「スター・トレック」の監督も手掛けているので、両者を比較することで、その手法の違いが明確に分かるからである。

    「スター・トレック」は過去のシリーズを踏襲しつつも、ディテールなどは解像度を引き上げ、また世界観を壊しはしないものの、さらに新しいものを提示するスタイルになっていた。

    それまで誰も観たことのなかった新しいスター・トレック像を提示してきたわけである。

    対して「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」は、あくまで過去のシリーズからはみ出さないように作ってある。

    現在の目で見るともはや古臭いとしかいえない場面転換のワイプ。

    そしてレジスタンスが使用するXウイングのターゲット照準の画面のチープさ。

    おそらく相当に過去作を研究したうえで再構築してあると思う。

    僕個人の思いとしては、アナキン3部作で、ヨーダは人形であるべきとか言い出すようなファンには閉口するばかりであるが、とはいえ、スター・ウォーズという作品で、ルーカスでない人間が監督をする以上、J・J・エイブラムスのこの判断は正しいと思う。

    新しいものを提示するのもチャレンジだが、一切を過去のシリーズの中からはみ出さないように製作した新作というのもまたチャレンジだと思うのだ。


    ストーリーははっきり言ってエピソード4の焼き直しである。

    しかし、アナキン3部作は、ルーク3部作の前日譚であったために、どう転んでも最終的にアナキンがダース・ベイダーになるという結末まで分かりきっていたために、先を予測する楽しみはなかった。

    それに対して、本作はスター・ウォーズの時間軸のなかでも最新の部分を扱うために、この先どうなるのかといった楽しみにあふれている。


    また、スター・ウォーズは、その登場キャラクターがたとえチョイ役であっても、その大半がトイなどで商品化される傾向にあり、過去作と同様、キャラクター構築は非常に考えられている。

    予告編で、その手があったかと感心させられた十字型のライトセーバーを操るカイロ・レンは、ダース・ベイダーのマスクを踏襲しつつもさらに洗練されたデザインでカッコイイ。

    ミレニアム・ファルコンも、Xウイングも、ストーム・トルーパーも、時代が違うので、当然すべて過去作とはデザインが違うのだ。

    そして何と言ってもレイの相棒になる新登場のドロイドであるBB-8。これが可愛い。

    球体のボディが転がるこのデザインが、今や実際に同様の動きをするトイで手に入るのが何とも未来的。


    「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」は「スター・ウォーズ」の最新作としては文句の付けようがない完成度を誇ると思う。

    普通に映画として観た場合、いろいろツッコミどころがあるが、そのツッコミどころは過去作すべてに共通する部分であり、「スター・ウォーズ」とはそういうものなので仕方がないとしか言いようがない。

    そのため、「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」に関しては、これを初見の「スター・ウォーズ」にしてはいけないと思う。

    とにかく最低でも過去の6作を観ていることは必要であろう。


    ジョージ・ルーカスにより全6部作と発表があった時、幻となった第7部を、この完成度で、こうして観ることが出来る。

    それだけで十分に価値があると思うのだ。


    フォースの覚醒_感想イラスト

    #01: "そもそもこの場所は何なのか(モノローグ)"

    #02: "お!ストーム・トルーパーが来た!(モノローグ)"

    #03: "あ!(モノローグ)"

    #04: "ゴミを捨てた!(モノローグ)"







     


    映画「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション」感想(ネタバレなし)

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    ■最高傑作を受けての原点回帰




    ●映画「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション(Mission: Impossible - Rogue Nation) 」とは

    トム・クルーズがIMF(Impossible Mission Forceの略称。国際通貨基金にあらず)のエージェントである主人公イーサン・ハントを演じる「ミッション・インポッシブル」シリーズの第5作目である。

    これまでの作品については感想の中で紹介する。


    ●映画「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション」序盤のあらすじ

    イーサン・ハントは謎の組織「シンジケート」を追ってロンドンにやって来たが、敵の罠に落ちる。

    謎の女性、イルサ・ファウストに命を助けられたイーサン。

    しかし、同時期にIMFは政府から解体を命じられ、イーサンはCIAによる国際手配を受けてしまう。

    このため、イーサン・ハントは独りで「シンジケート」とイルサ・ファウストを追うことになる…。


    ●感想

    トム・クルーズが、主演のみならず、製作を手がけている「ミッション・インポッシブル」シリーズも今作で5作目。

    「ミッション・インポッシブル」シリーズは、当初、トム・クルーズが有名な監督にオファーしてメガホンを取ってもらうスタイルで製作されてきた。

    1作目の「ミッション・インポッシブル」は巨匠ブライアン・デ・パルマが監督を務め、手堅くまとめた。

    2作目の「ミッション:インポッシブル2(M:I-2)」はアクションを得意とし、独自の世界観を持つジョン・ウーが監督。

    「もしジョン・ウーがミッション・インポッシブルを撮ったら?」という冗談を具現化したような、ミッション・インポッシブルでありながらもジョン・ウーの世界観バリバリの怪作であった。

    しかし、3作目の「ミッション:インポッシブル3(M:i:III)」からは、その路線は変更され、頭角を表しつつある才能のある監督を抜擢するという方向に。

    3作目で抜擢されたのは、今や世界一のヒットメーカーの1人であるJ・J・エイブラムス。

    「M:i:III」からブレイクし、今や「スター・トレック」と「スター・ウォーズ」という2大SFの両作品を監督した唯一の人物である。

    そして、4作目の「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」を監督したのがブラッド・バード。もともとアニメーションの監督であった彼を抜擢し、これまた大成功を収めた。

    5作目となる本作「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション」の監督を努めたのは「オール・ユー・ニード・イズ・キル」の脚本を担当したクリストファー・マッカリーである。


    さて、今回の「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション」だが、個人的には作るのが大変だったろうな、と思う。

    というのも前作「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」がここまでの最高傑作として高いハードルになっていたからである。

    「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」は、脚本、アイデア、そしてドバイのブルジュ・ハリファでのシークエンス、と、すべてが高次元でまとまった傑作であった。

    ここで、本作「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション」は、どちらかというと新しいものを提示するのではなく、過去の作品を踏襲する路線でまとめてきた。

    一度、原点回帰することによってシリーズの持つ魅力を再確認するといった感じだろうか。


    「ミッション・インポッシブル」シリーズといえば、おなじみのテーマ曲にのせて導火線を火花が移動するクールなオープニング・タイトルというのがお決まりである。

    しかし、実際は、各作品でオープニング・タイトルの映像の傾向は異なっている。

    今回は、短いカットを矢継ぎ早に流すフラッシュバックという手法で、映画本編の印象的なシーンを先に観せておくという形になっている。

    これは「ミッション・インポッシブル」の1作目と同じ手法だ。

    先に印象的なシーンがサブリミナル加減に目に焼き付くので、該当するシーンに到達した時点で、あぁここか、と集中力が高まる仕掛けになっている。

    前述した通り、今回は過去の作品を踏襲した構造になっていて、そのテイストは2作目に近い。

    主軸はあくまでイーサン・ハントであり、彼のスタンド・プレイといった印象が強い。

    前作までに、イーサンの元に信頼できるメンバーが集まり、チームが完成した感じがあったので、この辺は好みが別れるところだと思う。


    巧いと思うのは、トム・クルーズが体を張ったスタントに挑戦した、飛行機に生身で捕まったまま上空まで一気に上昇するシーン。

    このアクションとしては力の入ったシーンが、実は一切本編のストーリーには関係ないのである。

    2作目のスタントの目玉であるロック・クライミングのシークエンスも、今回と同様に本編のストーリーには関係がなかった。

    派手なシーンを何度も露出する予告編として使いながらも、一切ネタバレに関与しない部分にしてある。

    これは、計算されていて、実は巧い。

    というのも、映画の中では、予告編でネタバレしているという失敗例が数多く存在するからだ。

    デヴィット・フィンチャー監督のように予告編まで自分で編集するというのがベストだろうが、実際には予告編というのはどうなるのか分からない部分も多い。

    自分の国で放映された予告編は良くても、他国に持って行かれてローカライズされた予告編で致命的なネタバレ編集になるという可能性もある。

    この方法ならば、誰もが派手なシーンを予告編に使いたがるので、それらを未然に防ぐことが可能なのだ。


    さて、今回のストーリーで語るべきは、やはりヒロインのイルサ・ファウスト(レベッカ・ファーガソン)だろう。

    確かに美しく、強く、魅力的なキャラクターではある。

    ではあるのだが、なぜイーサン・ハントがそこまで彼女に執心するのか。

    人によってはこの辺がまったく分からないかもしれない。

    イーサン・ハントは実はドMか?と(笑)

    これは、キャラクターの類型である「ファム・ファタール」なのだ。

    ファム・ファタール(仏:Femme fatale)は日本では「運命の女」と訳されることが多いが、「ボーイ・ミーツ・ガール」の類型のように、その作用がポジティブなものではない。

    出会うことによって男の運命を変え、破滅に導く「魔性の女」のことなのだ。

    ただ、当事者の男にとっては、一概にそれが不幸とも言えないわけで、こういった類型を扱った物語も数多く存在する。

    まぁ、何と言ってもイーサンすでに結婚してるからね。


    他にニヤリとするのは、2作目を思い出させる派手なバイクのアクションシーン。

    大型のバイクが転倒し、のちにイーサンがこのバイクを使って追跡を始めるのだが、このバイクが転倒した際に、その近くにサングラスが落ちるのだ。

    これが、アイテムの伏線になっていて、イーサンがバイクに乗る際に、「ちょうど良く落ちていたサングラスを拾う」ことができた。

    「ミッション・インポッシブル」の1作目で、イーサンがTGV(フランスの高速鉄道)の屋根に乗ってアクションを繰り広げるシーンで、のちにトム・クルーズが、

    「本当は安全上ゴーグルを付けたかったが、どうしてもゴーグルを付ける理由を思い付かなかった」

    という趣旨の発言をしていたのが思い出されて面白い。


    さて、ネタバレなしなので、本編の内容にはあまり触れずにきたわけだが、「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」は普通にアクション映画としてハラハラ・ドキドキと楽しめる。

    ただ、シリーズ最大のピンチとか言われても、いつもピンチすぎてどれが最大なのかは分からないのだが(笑)

    ちなみに、既に第6作目の製作が決定しているのが本作の成功の証だろう。

    MI5感想用イラスト

    ※やっぱりこのシーン描きたくなるもんな〜。






     


    映画「ジュラシック・ワールド」感想(ネタバレなし)

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    ■生まれ変わった「ジュラシック・パーク」から垣間見える続編の成功法則


    ●映画「ジュラシック・ワールド(Jurassic World) 」とは

    故マイケル・クライトンの小説「ジュラシック・パーク」「ロスト・ワールド」を基に製作された映画「ジュラシック・パーク(1993)」、「ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク(1997)」、「ジュラシック・パークIII(2001)」に続くシリーズ第4作目である。

    ただし、映画「ジュラシック・パーク」シリーズは、「ジュラシック・パークIII」から原作のないオリジナルストーリーが展開している。

    本作「ジュラシック・ワールド」も同様に原作のないオリジナルストーリーである。


    ●映画「ジュラシック・ワールド」序盤のあらすじ

    「ジュラシック・パーク」事件から22年後、太古に絶滅した恐竜を現代に蘇らせ、実際に観ることのできるテーマパークは「ジュラシック・ワールド」として生まれ変わり、成功を収めていた。

    ザック(ニック・ロビンソン)とグレイ(タイ・シンプキンス)の兄弟は、ジュラシック・ワールド運営責任者である叔母のクレア・ディアリング(ブライス・ダラス・ハワード)を訪ねるが、多忙の叔母はワールドの案内を部下に任せてしまう。

    また、施設では、元海軍の軍人であるオーウェン・グラディ(クリス・プラット)が、獰猛なヴェロキラプトルの行動を研究し、訓練することに一定の成果をあげていた。

    一方、ジュラシック・ワールド経営陣は、更なるテコ入れとして遺伝子操作した新種の恐竜「インドミナス・レックス」を生み出していた…。


    ●感想

    (注:基本的に以下の感想はネタバレなしの方向で書いています。ただ物語は何でもそうですが、一切予備知識を入れない方が当然楽しいので、その点はご了承ください。)

    以前から渇望していた、3Dによる「ジュラシック」シリーズ最新作。

    ついに観ることができた。

    というわけで、今回は3D吹き替え版を鑑賞。


    実は、個人的には「ジュラシック・ワールド」には一抹の不安があった。

    それは、今回の作品には遺伝子操作で生み出された新種の恐竜が登場するという事前情報があったから。

    旧3作の最後の作品、「ジュラシック・パークIII」が公開されたのが2001年。

    スタッフやキャストが刷新されているというのは当然だとしても、この新種の恐竜という情報から、これは、変な続編が生まれるのではないかという心配があった。

    しかし実際に映画館で、モササウルスがガバっとジャンプして鮫を食べる予告編を観ると、いても立ってもいられないのが恐竜好きというもの(笑)

    その公開を心待ちにしていた次第である。


    今回の「ジュラシック・ワールド」は、続編とはいえ、旧3作とはかなり時間が開いた設定になっている。

    実際に前作から14年もの月日が流れているわけで、これは当然といえるだろう。


    物語の中で、ジュラシック・パークあらためジュラシック・ワールドはすでに成功している施設として運営されている。

    導入は、ゲートに近付くにつれ、ジュラシック・パークのテーマ曲が美しく流れ、旧3作のファンは、まさにここに帰ってきたんだなと感慨深く思うはずだ。

    序盤は、前作から時間が空いた部分を埋めるための説明があり、なかなか恐竜が出てこないとやきもきした「ジュラシック・パーク」を踏襲した構成になっている。

    この辺の「じらし」が、実はそのまま伏線になっている。

    勘のいい人は、ここで最後の展開まで予想してニヤリとできるだろう(笑)


    物語が動くのは、新種の恐竜「インドミナス・レックス」が、高い知性を示し、その飼育エリアから脱走するところから。


    インドミナス・レックスは、ティラノサウルス・レックスの遺伝子をベースに、様々な遺伝子を掛け合わせて誕生させたハイブリッド恐竜という設定。

    「ジュラシック・パーク」にあった、DNAの欠損した部分を他の原生生物のDNAで補完したというアイデアをさらに推し進めたものといえる。

    正直、そこまで奇抜なデザインではなかったので、ホッとした。


    今回の「ジュラシック・ワールド」は、旧3作を1本にまとめたような構成になっている。

    そのため、3Dで見たかったシーンの連続になっていて、非常に良く出来ていると思う。


    また、「ジュラシック・ワールド」で特筆すべきは、そのキャラクター設定の巧さにある。

    そのために、旧作を振り返ってみよう。

    旧作の主要人物は、まず、古生物学者のアラン・グラント博士。

    恐竜をテーマにした作品の主役が、そのまま恐竜の解説を務められる妥当な配置。

    そして、もう1人が、複雑系を専門とする数学者のイアン・マルカム博士であった。

    もともと故マイケル・クライトンの原作「ジュラシック・パーク」、「ロスト・ワールド」は、絶滅した太古の恐竜の血液から現代に恐竜を蘇らせるという素晴らしいアイデアの他に、当時はまだ定説のなかった恐竜の大量絶滅を、複雑系=カオス理論で説明するという野心的なアイデアが盛り込まれていた。(※1)

    そのため、数学者のイアン・マルカム博士の登場となったわけである。

    しかし、逃げ出した恐竜により、施設がパニックなるという作品の構造上、とくに映画では、学者が主要人物だと基本的に逃げることしかできないため、物語を作るうえでは難しい部分があった。


    それに対して、「ジュラシック・ワールド」の物語を引っ張るのは、元海軍の軍人であるオーウェン・グラディ。クリス・プラットがタフなヒーローを説得力たっぷりに演じている。

    オーウェンの現実的な判断や、銃火器の扱いなど、物語にとって必要なスキルから逆算した合理的なキャラクター設定であるといえる。

    僕は3D吹き替え版で観たので、オーウェン役の玉木宏についても触れておくと、クリス・プラットとは声質が違うものの、低く通る男前の声で、非常に良いと思った。


    ヒロインは、ジュラシック・ワールド運営責任者のクレア・ディアリング。

    物語が進むにつれて、強く魅力的になっていくヒロインは、かつてのハリウッド映画では王道の設定であった。

    しかし、昨今のヒロインは、登場時からとんでもなく強いことが主流になっているので、この王道の設定は、逆に新鮮に感じた。


    さて、僕の場合、ここから恐竜について語りだすと終わらなくなるので、その辺は省略する(笑)

    その辺は実際に「ジュラシック・ワールド」を観て、素晴らしい映像を堪能していただきたい。


    映像、キャスティング、脚本、音楽、すべてが高い水準でまとまっている本作だが、僕が「ジュラシック・ワールド」を観て、一番に考えたことは、最近の映画作品、とくにリブートや続編の成功法則について、であった。

    その成功法則とは、

    「スタッフが旧作を心から愛している」

    ということだ。

    ハリウッドのリメイクブームは今に始まったことではないが、一昔前のリメイクの理由は「過去に成功したタイトルの名前を出せば企画が通りやすい」ということであった。

    しかし、現在成功している作品は、「スタッフが昔、自分が好きだった作品を、作る側に回った今、思い入れたっぷりに再び作ってみたい」という理由からスタートしているように思える。

    そのため、そこに、過去作品に対しての最大のリスペクトが見て取れ、同様に過去作品を愛してやまないファンの心をがっちりと掴んでいるという構図がある。

    実際、新種の恐竜ってどうなの?と思うような、うるさ型の古参のファンである僕も、なるほどそういう理由でこういう設定になったのかと納得し、拍手を送ってしまうわけだ。

    僕は、エンドロールにフィル・ティペットの名前を見つけた時、とにかく驚いた。これも旧作に対するリスペクトの証だろう。(※2)


    「ジュラシック・ワールド」は大成功を収め、既に続編の公開が2018年に決定している。

    新世代のジュラシック・シリーズに期待大である。


    ジュラシック・ワールド感想イラスト


    (※1)当時は諸説あった恐竜の大量絶滅であるが、現在は、2010年に発表された説によって、「メキシコ・ユカタン半島に小惑星が衝突したことによる気候変動が原因である」とほぼ結論付けられている。

    (※2)フィル・ティペット:「ジュラシック・パーク」で降板/再登板したストップモーション・アニメーターである彼を、CGI全盛の現在、再び恐竜モーションのコンサルタントとして起用している。





     


    映画「ターミネーター:新起動/ジェニシス」感想(ネタバレなし)(2/2)

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    (承前)こうして、ついにターミネーターもリブートされることになった。

    「ターミネーター:新起動/ジェニシス」は最初から3部作を予定しており、本作が、その第1段となる。

    (注:基本的に以下の感想はネタバレなしの方向で書いています。ただ物語は何でもそうですが、一切予備知識を入れない方が当然楽しいので、その点はご了承ください。)


    まず入り口が秀逸。ターミネーター(T1)とターミネーター2(T2)同様、未来における機械軍と、人類の抵抗軍の戦いから始まる。

    ここで、これまではストーリーから逆算して想像するしかなかった、機械軍がターミネーターを過去に送る場面が描かれる。

    そして、それを追うように、ジョン・コナーに選ばれたカイル・リースが、ジョン・コナーの母親、サラ・コナーを守るために1984年に送られるのだ。

    ここまでは、ターミネーター(T1)とターミネーター2(T2)を最新映像にてアップデートした形になる。

    しかし、カイル・リースが1984年に到着したのと同時に、観客も「こりゃ何か違うぞ?」と気付かされる仕掛けになっているのだ。

    そこから怒涛の展開が続くのだが、3部作の1作目ということもあり、全編これからの伏線ともとれる内容になっている。

    鑑賞中は、常にこれはどういうことだ?と考えながら楽しめる。

    何気ない台詞に、重大なヒントが隠されていたり、一瞬たりとも気が抜けない面白さだ。


    「ターミネーター:新起動/ジェニシス」で過去のシリーズと大きく違うのは、キャラクターの立ち位置である。

    ターミネーター(T1)は、命を狙われるサラ・コナー。それを守るカイル・リース。サラ・コナーを狙うターミネーターという構造。

    ターミネーター2(T2)は、命を狙われるジョン・コナー。それを守るターミネーターT-800。ジョン・コナーを狙うターミネーターT-1000という構造であった。

    この2作の構造はまったく一緒で、このことからもセルフリメイクであることがうかがえる。

    しかし、新シリーズでは、サラ、ジョン、カイル、ガーディアン、などなど、それぞれのキャラが時空を越えて絡みあう構造であり、旧作のように単純な構造にはなっていない。


    一方で、ターミネーター同士のバトルや、壮絶なアクションシーンは健在。

    また、T-800が炎に包まれ、その中からターミネーターの基本骨格、エンドスケルトンが登場するなど、ファンが観たかったであろう映像はきちんと押さえている。このあたりも巧い。

    今回、新機軸として登場するT-3000は、ターミネーター3(T3)に登場するT-Xが、まったくその存在意義が分からない設定であった(※2)のと違い、きっちりターミネーターの最新型として強いのだろうなということが伝わってくる設定になっている。

    液体金属のT-1000は強いものの、攻撃を受けたのちに修復する際にタイムラグが生じるが、T-3000は構造が違うためにその時間が短く、さらにはその構造を使って効果的な攻撃を繰り出すことも可能になっている。

    この辺の映像も素晴らしい出来。


    キャスティングは、ガーディアン/ターミネーターにアーノルド・シュワルツェネッガー。現在67歳のシュワルツェネッガーを活かし、老年期状態のT-800を登場させるというアイデアで乗り切っている。

    エンドスケルトンは機械だが、そこに被せてある肉体は生身なので老化するというアイデアは、キャメロン監督のアイデアによる。

    また、この新設定により、なぜタイムトラベルしてくるやつはみんな裸なのかという謎が明らかになることに(笑)

    一方、本作には若き日のシュワルツェネッガー型、新品(?)のT-800も登場する。

    こちらはもはやハリウッドの技術ならフルCGでいけるのではないかと思ったが、身体をブレット・アザーが演じるところにCG製のシュワルツェネッガーの頭部を合成している。

    しかし、若き日のシュワルツェネッガーの頭部は、以下の動画で分かるように、モーションこそ本人が演じているものの、基本的にはCGIで作られている。

    Terminator Genisys: Creating a Fully Digital Schwarzenegger

    さて、もはやターミネーターといえばシュワルツェネッガーという図式のなか、「ターミネーター:新起動/ジェニシス」で素晴らしいのはやはり、サラ・コナーを演じるエミリア・クラークだろう。


    あらためて比べてみれば、旧作でサラを演じるリンダ・ハミルトンにそこまで似ているわけでもない。

    しかし、彼女が画面に登場した瞬間に、有無を言わさず彼女がサラ・コナーなんだなということが一発で伝わってくる。


    「ターミネーター:新起動/ジェニシス」は、旧作をキャラクター構築や設定の構築に使い、さらにその差異をヒントとして使ってくる。

    リブートとは、単なる仕切り直しではなく、こうあるべしというお手本のような作品になっているのだ。

    「ターミネーター:新起動/ジェニシス」では、予想外にきれいに話が収束するものの、その謎のほとんどが解決していない。

    そのため、これからの展開を予想するも良し、単純にアクションを楽しむも良し、デデンデンデデンの音楽で単純に盛り上がるも良し、ターミネーター2で熱狂し、ターミネーター3で落胆したファンが待ち望んでいた作品と言えるだろう。


    余談だが、さすがターミネーターというべきか、普段は映画館に足を運ばない層の客が大勢いたようで、みんなエンドロールになった瞬間に席を立ち、帰る帰る。

    いや!今、映画、とくに続編前提の作品は、だいたいエンドロール後にワンシーン入れてくるから!

    というわけで、本作もエンドロールのあとに重要なシーンが登場します。途中で席を立たないように。

    ターミネーター新起動_イラスト

    (※2)ターミネーターT-X:エンドスケルトン上をT-1000同様の流体金属で覆い、変身可能だが内部骨格があるために変形は不可能。身体の中に様々な武器を内蔵している。うーん。






     


    映画「ターミネーター:新起動/ジェニシス」感想(ネタバレなし)(1/2)

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    ■もっともリブートが望まれたシリーズ、新起動!


    ●映画「ターミネーター:新起動/ジェニシス(Terminator Genisys) 」とは

    ご存知、ジェームズ・キャメロン監督の出世作、「ターミネーター」「ターミネーター2」をベースに新たにリブートされる作品である。

    新たに3部作が予定されており、「ターミネーター:新起動/ジェニシス」はその1作目にあたる。

    ターミネーター/ガーディアン役を、オリジナルからお馴染みのアーノルド・シュワルツェネッガーが演じる。

    監督は「マイティ・ソー/ダーク・ワールド」のアラン・テイラー。

    また、オリジナルのジェームズ・キャメロン監督も本作に協力している。


    ●映画「ターミネーター:新起動/ジェニシス」序盤のあらすじ

    2029年。審判の日から続く機械軍と人類抵抗軍との戦いは、未来を知っているかのように行動するリーダー、ジョン・コナーのもと、ついに人類側の勝利で決着を迎える寸前までやってきた。

    敗北を覚悟した機械軍は、秘密兵器を起動する。

    それは、過去にターミネーターを刺客として送り込み、ジョン・コナーの母親を殺害するという計画を実行するタイムマシンであった。

    人類抵抗軍は、秘密兵器を止めるべく侵入するも、既にタイムマシンによって、ターミネーターT-800が過去に送られていたあとであった。

    ジョン・コナーは、過去の母親を守るために、カイル・リースを過去に送ることにする。

    タイムマシンに入り、時間の壁を越えようとするカイル・リースは、それまで経験したことのない過去の記憶を思い出すのだった…。


    ●感想

    「アイルビーバック!」

    ついに「ターミネーター」のリブートである。

    思えば、ターミネーターのリブートは必然であった。

    なぜか?

    まずは、これまでの「ターミネーター」シリーズを振り返るところから始めてみたい。

    これまで、以下の作品が存在する。

  • ターミネーター(The Terminator)(1984)(T1)
  • ターミネーター2(Terminator2: Judgment Day)(1991)(T2)
  • ターミネーター3(Terminator 3: Rise of the Machines)(2003)(T3)
  • ターミネーター4(Terminator Salvation)(2009)(T4)
  • ターミネーター サラ・コナー・クロニクルズ(Terminator: The Sarah Connor Chronicles)(2008-2009)(TSCC)※テレビドラマ作品
  • (ただし、僕は、ターミネーター サラ・コナー・クロニクルズ(TSCC)は観ていない。理由は明快で、シーズン2にて未完のまま打ち切り終了しているからである。)


    ターミネーター(T1)は、ジェームズ・キャメロン監督の出世作である。

    しかし、当時はまだ彼は有名な監督ではなく、ターミネーター(T1)は低予算で作られた。

    ターミネーター(T1)のヒットにより有名になったキャメロン監督は、続く「エイリアン2(Aliens)(1986)」の大成功によってヒットメーカーの地位を得る。

    その後、「アビス(The Abyss)(1989)」を経て作られたのが、ターミネーター2(T2)である。

    ターミネーター2(T2)は、続編であるが、低予算で作らざるを得なかったターミネーター(T1)をきちんと予算をかけて作り直すというセルフリメイクの側面を持つ。

    これは、両作に登場するオープニングの2029年のシーンの違いなどで一目瞭然。

    また、アビスによって得られたCGIによる液体のキャラクターを発展させた新型ターミネーターT-1000など、素晴らしい進歩が感じられる。

    ターミネーター(T1)は、未来において、人類を滅亡寸前までに追いやった人工知能スカイネット率いる機械軍が、人類抵抗軍のリーダー、ジョン・コナーによって敗北の危機にさらされ、タイムトラベルによってジョン・コナーの母親、サラ・コナーを殺害するべく、アンドロイド・ターミネーターを送り込むというプロットである。

    これに対抗して、ジョン・コナーは、カイル・リースを母親を守るために過去に送る。

    実は、過去に向かったカイル・リースと、サラ・コナーが結ばれて、ジョン・コナーが誕生する。いわば「親殺しのパラドックス(※1)」の逆バージョンの構造である。

    続く続編のターミネーター2(T2)では、ターミネーター(T1)において失敗した機械軍が、今度は母親のサラ・コナーではなく、少年のジョン・コナーを直接殺害しようと試みる。

    ターミネーター(T1)とターミネーター2(T2)は、タイムトラベルものの繰り返しで、ターミネーター2(T2)のラストには、スカイネットの誕生が阻止されることにより、人類滅亡のきっかけとなった「審判の日」が回避されたというエンディングが用意されている。

    これにより、ターミネーターは、キレイに完結したはずだった。

    しかし、悲しいかな、さらに続編、ターミネーター3(T3)が作られることになる。

    ターミネーター3(T3)は、これぞ蛇足という作品である。

    人類抵抗軍のリーダーとなるべき男だったジョン・コナーが、審判の日を回避したために、うだつのあがらない日々を送っているという入り口は面白いものの、三度(みたび)送られてくる機械軍の新型ターミネーターT-Xは、ターミネーター2(T2)におけるT-1000のような素晴らしいアイデアとは程遠い残念な出来。

    同じ繰り返しではあっても、その必然性は乏しく、どうすればこの戦いの繰り返しが終わるのか、そもそも審判の日は回避できないのか、いや、ジョン・コナーのためにはむしろ審判の日が来たほうが良いのではないか、と終始もやもやした気分のまま作品は終了する。

    ターミネーター4(T4)は、基本的には前3作の直接の続編ではなく、当初の予定では3部作を予定していたリブート作品であった。しかし、制作会社の倒産などにより、続編が作られることはなかった。


    結局のところ、ターミネーターは、基本的にターミネーター(T1)とターミネーター2(T2)によって完結しているし、そこから続けようとすると、どうしても蛇足にならざるを得ない構造なのである。

    なぜかというと、ターミネーター3(T3)のように、結局タイムトラベルの無限ループになってしまうから。

    基本的に機械軍は、ジョン・コナーの血統しか狙うことができない。

    たとえば、遠い過去に戻り、人類の祖先を殺しに行ってしまうことは、それこそスカイネットを発明する人類を誕生させないことにつながるために、それはできないのだ。

    まぁ、ジョン・コナーの祖先を西部開拓時代に遡って殺害するとかなら…バック・トゥ・ザ・フューチャーかっ!

    というわけで、途中で終了してしまったターミネーター4(T4)は置いといて、最近のリブートブームにもれず、ターミネーターも今度こそリブート作品の仲間入り。これが正解だろう。だって続けようがないがないんだから。(続く)

    ターミネーター新起動_サムネイル

    (※1)親殺しのパラドックス:「タイムトラベルによって、過去に戻ったある人間が、親を殺してしまった場合、どうなるのか」というパラドックスである。もし親を殺してしまえば、その子供が生まれてこないために、そもそも親を殺すことはできないが…。






     


    映画「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」感想(ネタバレなし)

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    ■壮絶なるマッチポンプを素直な心で楽しむべし


    ●映画「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン(Avengers: Age of Ultron) 」とは

    マーベル・スタジオが製作するスーパーヒーロー作品であり、マーベル・シネマティック・ユニバースに属する作品である。

    現在までに以下の作品が存在する。

  • アイアンマン(Iron Man)(2008年)
  • インクレディブル・ハルク(The Incredible Hulk)(2008年)
  • アイアンマン2(Iron Man 2)(2010年)
  • マイティ・ソー(Thor)(2011年)
  • キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー(Captain America: The First Avenger)(2011年)
  • アベンジャーズ(Marvel's The Avengers)(2012年)
  • アイアンマン3(Iron Man 3)(2013年)
  • マイティ・ソー/ダーク・ワールド(Thor: The Dark World)(2013年)
  • キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー(Captain America: The Winter Soldier)(2014年)
  • ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー(Guardians of the Galaxy)(2014年)
  • アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン(Avengers: Age of Ultron)(2015年)
  • それぞれの世界がクロスオーバーし、互いに補完する関係となっている。


    ●映画「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン(Avengers: Age of Ultron) 」序盤のあらすじ

    悪の秘密結社ヒドラの残党が、東欧の都市ソコヴィアにおいて、ロキの杖を使い人体実験を行っていることを知ったアベンジャーズは現場に急行。

    そこで、アベンジャーズの前に現れたのは、人体実験により特殊能力を持った双子ワンダ(スカーレット・ウィッチ)と、ピエトロ(クイックシルバー)であった。

    アベンジャーズはロキの杖を奪還し帰還するも、スカーレット・ウィッチとの闘いにより、精神的にダメージを負う。

    トニー・スターク(アイアンマン)とブルース・バナー博士(ハルク)は、ロキの杖の石の中に、知能らしきものを発見する。

    この知能をデータベースにダウンロードしたことで、ウルトロンが目覚め、スタークが作成した人工知能ジャービスを破壊しアベンジャーズの前に姿を現す。

    ウルトロンは、地球を救うためには人類を絶滅させる必要があるとの結論に至り、行動を開始する…。


    ●感想

    (注:基本的に以下の感想はネタバレなしの方向で書いています。ただ物語は何でもそうですが、一切予備知識を入れない方が当然楽しいので、その点はご了承ください。)

    前述のとおり、とにかく関連作品が多いマーベル作品。

    これらをできるだけ観ることで、さらに本作「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」の理解度は高まるのだが、それもけっこう大変。

    僕も全部は観ていません(笑)

    しかし、基本的には前作「アベンジャーズ」の直接の続編になるので、前作だけは押さえておきたいところ。また、できれば「キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー」も押さえておきたい。

    前作「アベンジャーズ」は「ヒーローの招集」「ヒーローの反目」「ヒーローの結束と勝利」という3幕構成であった。

    本作は、前作を伏線として使える続編の利点を活かし、序盤のソコヴィア戦からアベンジャーズが息のあったチームプレイを見せる。

    最初から激しいバトルシーンが立体映像で展開するので、観客のテンションも上がること間違いなし。


    さて、アベンジャーズの問題点は、やはり「アベンジャーズが強すぎる」ということだろう。

    そもそも一人ひとりが世界を救えるヒーローを集めたスーパーチームがアベンジャーズなのだ。

    そのため、アベンジャーズに対峙する敵を用意するだけでも大変だと思う。

    今回の敵は、サブタイトルに名前が登場する「ウルトロン」

    トニー・スターク(アイアンマン)がロキの杖の解析中に生み出してしまった人工知能である。

    また、同じマーベル作品である「X-MEN」から、「クイックシルバー」と双子の姉である「スカーレット・ウィッチ」が敵として立ちふさがる。

    「クイックシルバー」は、「X-MEN:フューチャー&パスト」で大活躍した、超高速で移動できる能力を持つあのキャラクターである。


    本作の新機軸としては「ハルクバスター」が登場する。



    ハルクバスターとは、アイアンマンにそのまま装着される強化アーマーである。

    名前と見た目通り、神をけちょんけちょんにしてしまう怪物ハルクを抑えるために開発されたものである。

    当然、ハルクバスターとハルクの壮絶などつきあいが展開する(笑)


    さて、テクニカルな面から「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」を考察してみると、やはり脚本が巧い。

    とりたてて奇抜な脚本ではない。むしろ王道というか、普通に感じるストーリーである。

    しかし、豪華ではあるものの、前作とさほど変わらない食材を渡されて、これでまた美味しい料理を頼む、とオーダーされても、これは大変だろう。

    さらに、「あ!続編も考えてるからね」という条件付きなわけだから(笑)

    「アベンジャーズ」を主軸に、さらに周辺作品が山ほど作られ、今後はさらに別の作品とのクロスオーバーまで見込まれるという条件のもとでの脚本作りという視点で観ると、なるほど良く出来てるなぁと感心する次第である。

    また、ともするとマンネリに陥ることが予想される本シリーズにおいては、あえて変えることのないお約束のシークエンスを配置することで、マンネリ感を逆手に取る手法が取られている。

    ヒーローものの戦闘シーンは、毎回同じようなものであっても「待ってました」と受け入れられるわけで、そこはあえて変えないほうが良いということであろう。それが正解だと思う。

    デジャヴが心地よい、もはや伝統芸能である。


    僕が「アベンジャーズ」でもっとも感心するのは、やはりキャラの配置の巧さだろう。

    なんといっても、攻撃力では、上は本物の神さまである「マイティ・ソー」と、神に匹敵する力を持つ怪物「ハルク」から、下は強いけれど単なる人間である「ホークアイ」「ブラック・ウィドウ」まで、実力には相当なバラつきがあるチームであるにも関わらず、一人ひとりのキャラクターにきっちりと見せ場を用意しているのはさすがである。

    あの「ドラゴンボール」だって、終盤にはヤムチャに見せ場を作ることができなかったわけで、この辺は巧いなと感心することしきりである。


    本作のVFXの中心はILM(インダストリアル・ライト&マジック)。

    これまたものすごい映像が展開する。

    個人的には、「X-MEN:ファイナル ディシジョン」のゴールデンゲートブリッジのシークエンスで、VFXもここまできたかと思ったものだが、「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」の終盤には、それを凌ぐとんでもないアイデアと映像が展開する。

    そして今やこれが立体映像なのである。

    「アバター」から数年でこのレベル。もはや立体映像も円熟期に入ったと言っても過言ではないだろう。


    さて、ここまで良い面だけを拾ってきたが、これだけの大風呂敷になると、当然いろいろと突っ込みどころもある(笑)

    あるにはあるのだが、作品の性格上、そこを突っ込んでも仕方がないというか、まぁ「アベンジャーズ」の場合、映画のあとで、そういった突っ込みどころをワイワイ話したりするのも楽しみの1つになると思うので、ここで無粋なことを言うのは避ける。

    また、劇場から出てきた人が、口々に「あのキャラはどこに出てきたの?」という会話をしていたので、周辺作品とのクロスオーバーや、あるいは今後の展開を予想するのが、本作の正しい楽しみ方であろうと思う。


    アベンジャーズ2_イラスト






     


    映画「トゥモローランド」感想(ネタバレなし)

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    ■地球の未来のために、考え、行動することをやめてはいけない(ド直球)


    ●映画「トゥモローランド(Tomorrowland) 」とは

    「Mr.インクレディブル」「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」のブラッド・バード監督による2015年のディズニー映画である。


    ●映画「トゥモローランド(Tomorrowland) 」序盤のあらすじ

    1964年のニューヨーク万国博覧会。フランク・ウォーカー少年は自身の発明である未完成のジェットパックを発明フェアに出品するためにやって来た。

    そこで、彼は不思議な少女、アテナからTの文字がデザインされたピンバッジを贈られる…。

    現代のフロリダ。ケイシー・ニュートンは、自分の荷物に紛れていたTの文字がデザインされたピンバッジを見つける。

    そのピンバッジに触れた瞬間、そこには見たこともない「トゥモローランド」が広がっていた…。


    ●感想

    (注:基本的に以下の感想はネタバレなしの方向で書いています。ただ物語は何でもそうですが、一切予備知識を入れない方が当然楽しいので、その点はご了承ください。)


    まず、最初に言っておきたいのが、この「トゥモローランド」は子供向けの作品である。

    おそらくターゲットは小学校3年生から中学校1年生くらいまで。

    ピクサーのアニメーション作品や、ディズニーの「アナと雪の女王」「マレフィセント」などの作品のように、子供を映画館に連れて行った大人も一緒に観てそれなりに楽しめるといった作品である。

    そういった意味では、「トゥモローランド」は文句の付け所がない。

    狙ったところに的確に良いボールが来ている作品と言える。


    本作の監督はブラッド・バード。元は「アイアン・ジャイアント」「Mr.インクレディブル」などのアニメーション作品の監督であったが、前作「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」から実写作品に転向した。

    そもそも3DCGというのは、コンピューターの中にキャラクター、オブジェクト、ライト、カメラなどを配置して作成するもので、実写とそう変わらない構造になっている。

    そのため、アニメーション作品の優れた監督であったブラッド・バードは、実写でも優れた手腕を発揮している。

    「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」は「M:i:III」で過剰気味だったバイオレンス描写を抑えながら、かつシリーズの爽快感を失わない優れた作品であった。

    「トゥモローランド」は、エンドロールの作り方などは「Mr.インクレディブル」のテイストで、また本作では監督だけでなく製作も行っていることから、ブラッド・バード監督は、こっちの方向の作品を作りたいんだろうなと思う。


    「トゥモローランド」で特筆すべきは、少年期のフランク・ウォーカー(トーマス・ロビンソン)がトゥモローランドに最初に到着した際のシークエンス。

    自分の発明品であるジェットパックを抱えつつ、見知らぬ世界に迷い込み、セキュリティのロボットに追い回されて高所から落下、ロボットが故障しているものと勘違いして修理した結果、完全版となったジェットパックをなかなか装着することができずに高々度から落下を続け、次の瞬間には雲の切れ目から現れた高層建築物の鏡面反射によって、自分の姿を確認して誇らしく思い、さらにトゥモローランドの全景を見渡し、また雲の中に入ると、今度は地面が近づいていてピンチは続く…。

    このような一連の流れをイメージし、それを描写しようと思ったら、昔なら宮崎アニメのような優れたスキルがないと実現しえなかっただろう。

    今は、これをCGとの合成を使って実写ベースで描写してくるのだからものすごい。

    また、主人公ケイシー(ブリット・ロバートソン)が初めてピンバッジを入手するシーンで、モニターに映しだされている映像であったり、彼女の出現によって地球の未来の確率が変動するシーンであったりと、全編に渡り台詞ではなく映像で内容を矢継ぎ早に理解させる演出が巧い。


    キャスティングは、ジョージ・クルーニーを主演と前面に押し出してくるのは、「A.I.」の主演がジュード・ロウと言っているようなもので違和感があるが、彼がいることで作品が締まっていることは確か。

    また、少年期のフランク・ウォーカーと、現在のフランク・ウォーカー(ジョージ・クルーニー)、ケーシーを導く謎の少女アテナ(ラフィー・キャシディ)も可愛いし、キャスティング全般が非常に良いと思う。


    問題点としては、「トゥモローランドの正体」と「なぜ、トゥモローランドが衰退しているのか」の部分が若干分かりにくいこと。

    しかし、前述のとおり内容を説明することに関しては、むしろ巧い部類に入る作品なので、これは意図的なものだと思う。

    実際、小学校3年生くらいになれば、映画を観終わったあとに作品を何度も頭の中で反芻し、結果「あれは、きっとこういうことだったんだ!」というユーレカに至ることがあるわけで、これくらいの難易度と、想像力の余地を残しておくということは、むしろ望ましい仕掛けだと思う。

    「トゥモローランド」を観て、僕にもそういう時期があったな、と思い出した次第である。

    もし、あなたが大の大人で、この作品の内容がまったく分からないというのであれば、それは作品ではなく、あなたの読解力に問題があると言わざるをえない。


    「トゥモローランド」のテーマは「地球の未来のために、考え、行動することをやめてはいけない」とド直球。

    そのためティーン・エイジャーくらいだとむしろ気恥ずかしい内容なのかもしれない。

    やはり本作は、子供連れの親子が観るべき映画だろう。

    いつも子供に言われるがまま映画を選択しているお父さんお母さんは、たまにはこういう映画で子供の意表を突くと、尊敬してもらえるのではないか(笑)

    また、大人の観客ならば、こういった映画を観て「分かっちゃいるけど現実はね…」なんて、人生諦めた愚痴がつい口をついて出るのならばヤバイのではないかと思う(笑)

    そんな貴方には「LIFE!」がオススメ(笑)






     


    映画「ゴーン・ガール」感想(ネタバレなし)

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    ■真実を必要としない現代


    ●映画「ゴーン・ガール(GONE GIRL)」とは

    ギリアン・フリンによる小説「ゴーン・ガール」をベースに、「セブン」「ファイト・クラブ」のデヴィッド・フィンチャー監督が映画化したものである。

    脚本は原作者であるギリアン・フリン自身が担当している。


    ●映画「ゴーン・ガール(GONE GIRL)」序盤のあらすじ

    5回目の結婚記念日の朝、外出したニック(ベン・アフレック)が自宅に戻ると、ガラステーブルが粉々に割れていた。

    異変を感じたニックは、妻のエイミー(ロザムンド・パイク)がいないことに気付き、警察に通報する。

    エイミー失踪事件は、すぐにマスコミに取り上げられ、ニックは妻を探していることをテレビで訴える。

    しかし、浮かび上がってくるのはニックの不可解な行動であった…。


    ●感想

    (注:基本的に以下の感想はネタバレなしの方向で書いています。ただ物語は何でもそうですが、一切予備知識を入れない方が当然楽しいので、その点はご了承ください。)


    映画館で本編開始前に流される予告編。長年の経験から、数本の予告編の中で、興味が出るもの、そして、一見で地雷と分かるもの(笑)が存在する。

    「報道の通り 妻のエイミーは3日前から− 行方不明です」

    ゴーン・ガールのTEASER TRAILERに字幕を付けた予告編(オフィシャルサイト内「特報」)を観た時、

    妻が行方不明のフーダニット(※1)もの?

    ありがちかな?

    と思っていたものの、映画を観終わったあとでも、その映像が気になって頭から離れない。

    そして、検索してみると、やはりというか、デヴィッド・フィンチャー監督最新作。

    1分半の映像で、引っかかりを残し、検索させた時点で、もう映画としては勝ちだろう。

    というわけで、映画館に行くことを心待ちにしていたものの、上映時期が年末年始の多忙な時期と重なってしまい、観ることができす。

    先日、ようやく観ることが出来た。

    ちなみに、今回は初めてAmazonのインスタントビデオを使用してみた。

    僕はKindle Fireを所有していて、クーポンがあったので、それを使った次第である。

    ただ、Kindleではなく、21.5インチのモニタで視聴しましたが。


    さて、映画本編である。

    デヴィッド・フィンチャー監督の前作「ドラゴン・タトゥーの女」が、いかにもフィンチャー節全開のオープニング・タイトルからスタートするのに対し、「ゴーン・ガール」にはそういった派手な仕掛けはない。

    音楽は、トレント・レズナーとアッティカス・ロスが「ソーシャル・ネットワーク」「ドラゴン・タトゥーの女」同様に担当している。

    僕は「ソーシャル・ネットワーク」のサントラがお気に入りで、かなり聴き込んたために、印象としては「ソーシャル・ネットワーク」に近い感じを受ける。

    しかし、前述の通り、この作品は、5回目の結婚記念日の朝、突如失踪した妻のエイミーを探す夫、ニックの物語であり、フーダニットのサスペンスものだ。

    ニックは妻のエイミーが失踪してすぐに警察に通報、その捜査に全面的に協力するのだが、彼女の行方はようとして知れない。

    そして、途中でニックが意図的に警察に情報を隠し始めるあたりから、事態は一変するのである。


    この感想はネタバレしない方向で書いているので、プロットを一言でまとめることは避けるが、小説ベースのトリックを巧みに映像化していると思う。

    途中で、なるほどそういうことだったのか!と膝を打つこと請け合い。

    また、全編に渡って何気ないシーンまでが素晴らしくコントロールされていて、そこから抽出・構成された予告編が素晴らしいのも納得といえる出来である。


    興味深いのは、「ゴーン・ガール」で描かれている現代の歪みとも取れる部分だ。

    エイミー失踪事件は、エイミー自身が、子供の頃からの有名人という背景もあって、すぐに全米にテレビ放映されるのだが、他人の不幸がエンターテインメントとして消費される様子は、現在のネットによる炎上と共通する加熱ぶりを見せる。

    ニックの双子の妹、マーゴは事件に巻き込まれていながらも、逐一ネットでニックの評判をチェックする。

    さらにニックが弁護士に、テレビ会見のレクチャーを受けるに至って、もはやそこには笑えない事実が存在する。

    それは、

    「現代社会においては、世間に対するプレゼンテーションが自分の命に直結する」

    ということだ。

    確かにニックのケースは極端なケースかもしれない。

    しかし、あなたの周りにも、ツイッターのリツイートやfacebookのいいね!を必死で集めている人がいるだろう?

    現代社会においては、その中身がどうあれ、他人にどう見られているかこそが最大の関心事で、それをベースに経済が回っているのだ。

    ブルーボトルコーヒーのオープン初日に客が殺到するのは、コーヒーが飲みたいからではない。

    SNSにあげて自慢したいからなのだ。

    「ゴーン・ガール」においても、犯人が誰なのか、真実は何なのか、その一番重要な部分よりも、事件によって他人にどういった印象を持たれるか、これが一番の関心事であり、そのために全員が動いている。

    現代社会においては、他人にどう思われるかこそがすべてであり、もはやそこに真実など要らないのだ。

    そういった空恐ろしさこそが、「ゴーン・ガール」の主題なのではと思うのである。


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    (※1)フーダニット(Whodunit = Who done it):推理ものの中で、誰が犯行を行ったのかが主軸となる作品。